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三月の空の下(2)

时间: 2022-11-03    进入日语论坛
核心提示: B医師(ビーいし)は、夕方(ゆうがた)、自分(じぶん)を呼(よ)びにきた、子供(こども)の母親(ははおや)の、おどおどした目(め)つ
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 B医師(ビーいし)は、夕方(ゆうがた)、自分(じぶん)を呼(よ)びにきた、子供(こども)の母親(ははおや)の、おどおどした目(め)つきと、心配(しんぱい)そうな青(あお)ざめた顔(かお)とを思(おも)いあわせたのです。
「あんなになるまで、医者(いしゃ)にかけないという法(ほう)はないのだが、もう手後(ておく)れであるかもしれない。」
 悲壮(ひそう)な気持(きも)ちで、門(もん)を入(はい)ろうとすると、内部(ないぶ)からがやがや人声(ひとごえ)がきこえました。
 一足前(ひとあしまえ)、近所(きんじょ)の人(ひと)たちが、倒(たお)れている老人(ろうじん)を連(つ)れてきたのです。
 B医師(ビーいし)は、すぐに老人(ろうじん)に注射(ちゅうしゃ)を打(う)ちました。
「気(き)がついた。おじいさん泣(な)かんでいい。ここは医者(いしゃ)の家(いえ)だから、安心(あんしん)するがいい。」と、顔(かお)をつけるようにして、B医師(ビーいし)は、燈火(とうか)の消(き)えかかろうとするような老人(ろうじん)をなぐさめました。
「あんたは、お医者(いしゃ)さまか。」と、老人(ろうじん)は、かすかに目(め)を開(ひら)いてB医師(ビーいし)を見(み)て、たずねました。
「そうです、だから、安心(あんしん)なさるがいい。」と、答(こた)えてB医師(ビーいし)は、自(みずか)ら老人(ろうじん)を抱(かか)えて、診察室(しんさつしつ)のベッドの上(うえ)に横(よこ)たえて、やわらかなふとんをかけてやりました。
「先生(せんせい)、この人(ひと)は、助(たす)かりましょうか。」と、老人(ろうじん)をつれてきた近所(きんじょ)の人(ひと)たちが、ききました。
「わかりません。なにしろ極度(きょくど)に疲(つか)れていますから。私(わたし)は、できるだけの手当(てあ)てをいたしますが……。」と、B医師(ビーいし)は答(こた)えました。
 その夜(よ)、老人(ろうじん)は、最後(さいご)にしんせつな介抱(かいほう)を受(う)けながら死(し)んでゆきました。すこしばかり前(まえ)、かたわらにあった小(ちい)さな荷物(にもつ)を指(さ)しながら、訴(うった)えるように、うなずいて見(み)せたのでした。
 夜明(よあ)け方(がた)になって、ついに雨(あめ)となったのであります。B医師(ビーいし)は、老人(ろうじん)が身(み)から離(はな)さなかった荷物(にもつ)を開(あ)けてみました。紙箱(かみばこ)の中(なか)には、すでに芽(め)を出(だ)しかけた、いくつかのすいせんの球根(きゅうこん)がはいっていました。また、古(ふる)びた貯金帳(ちょきんちょう)といっしょに、なにか書(か)いたものがほかから出(で)てきました。それを見(み)ると、
「私(わたし)は、親(おや)もなければ、兄弟(きょうだい)もない一人(ひとり)ぽっちで暮(く)らしてきた。私(わたし)の一生(しょう)は、けっして楽(らく)なものではなかった。人(ひと)のやさしみというものをしみじみと味(あじ)わわなかった私(わたし)は、せめて死(し)の際(きわ)だけなりと、医者(いしゃ)にかかってしんせつにしてもらいたいと思(おも)って、苦(くる)しい中(なか)から、これだけの貯金(ちょきん)をしたのである。どこで私(わたし)は死(し)ぬかしれないが、おそらく、しんせつな医者(いしゃ)を探(さが)しあてて、その人(ひと)の手(て)にかかって死(し)にたいと思(おも)っている。この金(かね)で死後(しご)の始末(しまつ)をしてもらい、残(のこ)りは、どうか自分(じぶん)と同(おな)じような、不幸(ふこう)な孤独(こどく)な人(ひと)のために費(つか)ってもらいたい。」
 こういうようなことが書(か)いてありました。終生(しゅうせい)独身(どくしん)で過(す)ごした、B医師(ビーいし)はバラック式(しき)であったが、有志(ゆうし)の助力(じょりょく)によって、慈善病院(じぜんびょういん)を建(た)てたのは、それから以後(いご)のことであります。もちろん、老人(ろうじん)の志(こころざし)も無(む)とならなかったばかりか、B医師(ビーいし)は、老人(ろうじん)の好(す)きだったらしいすいせんを病院(びょういん)の庭(にわ)に植(う)えたのでありました。
 しかし、A病院(エーびょういん)は、いまも繁栄(はんえい)しているけれど、慈善病院(じぜんびょういん)は、B医師(ビーいし)の死後(しご)、これを継(つ)ぐ人(ひと)がなかったために滅(ほろ)びてしまいました。その建物(たてもの)も、いつしか取(と)り払(はら)われて、跡(あと)は空(あ)き地(ち)となってしまったけれど、毎年(まいねん)三月(がつ)になると、すいせんの根(ね)だけは残(のこ)っていて、青空(あおぞら)の下(もと)に、黄色(きいろ)い炎(ほのお)の燃(も)えるような花(はな)を開(ひら)きました。そして、この人(ひと)の心臓(しんぞう)に染(そ)まるような花(はな)の香気(こうき)は、またなんともいえぬ悲(かな)しみを含(ふく)んでいるのです。

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