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白い影(1)

时间: 2022-11-13    进入日语论坛
核心提示:白い影小川未明夏なつの日ひのことでありました。汽車きしゃの運転手うんてんしゅは、広ひろい野原のはらの中なかにさしかかりま
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白い影

小川未明


夏なつの日ひのことでありました。汽車きしゃの運転手うんてんしゅは、広ひろい野原のはらの中なかにさしかかりますと、白しろい着物きものを着きた男おとこが、のそりのそりと線路せんろの中なかを歩あるいているのを認みとめました。
このあたりには人家じんかもまれであって、右みぎを見みても左ひだりを見みても、草くさの葉はがきらきらと、さながらぬれてでもいるように、日ひの光ひかりに照てらされて光ひかっていました。また、遠近おちこちにこんもりとした林はやしや森もりなどが、緑色みどりいろのまりを転ころがしたようにおちついていて、せみの声こえが聞きこえていました。
白しろい男おとこを見みると、運転手うんてんしゅは、ハッと思おもって、あわただしく警笛けいてきを鳴ならしました。なぜなら、汽車きしゃがちょうど全速力ぜんそくりょくを出だして走はしっていたからであります。
しかし、白しろい男おとこは平気へいきで、やはり線路せんろの内側うちがわを歩あるいていました。もうすこし早はやく、これを見みつけたら、こんなに運転手うんてんしゅは、あわてることもなかったのでしょうけれど、このあたりはめったに人ひとの通とおるところでなし、安心あんしんをして、彼かれは前方ぜんぽうに見みえる遠とおい国境こっきょうの山影やまかげなどをながめて、その山やまの頂いただきに飛とんでいる雲くものあたりに空想くうそうを走はしらせていたのであります。
白しろい影かげは、もう、二十間けん……十間けん……すぐ目めの前まえに迫せまりました。運転手うんてんしゅは大急おおいそぎで進行しんこうをしている汽車きしゃを止とめました。その反動はんどうで、どうしたはずみにか、列車れっしゃは大脱線だいだっせんをしてしまいました。おりよく、それが貨車かしゃであったからたいした負傷者ふしょうしゃはなかったけれど、貨車かしゃは幾台いくだいとなく壊こわれて、田たの中なかに埋うまったり、堤防ていぼうの上うえに転覆てんぷくしたりして、たいへんな騒さわぎになりました。
運転手うんてんしゅは、負傷ふしょうをしました。そして、うめきながら、白しろい着物きものを着きた大男おおおとこをひき殺ころしたと告つげました。
それで、みんなは、汽車きしゃの転覆てんぷくの原因げんいんが、人ひとをひき殺ころそうとしたため、急いそいで汽車きしゃを止とめたのにあったことを知しりました。それにしても、こんな大事件だいじけんをひき起おこした男おとこは、どうなったかといって、みんなは、汽罐車きかんしゃの下したをのぞいてみました。そこには白しろい着物きものを着きた男おとこがひき砕くだかれて血ちみどろになっているだろうと思おもいましたのに、なんの姿すがたもありませんでした。
「白しろい男おとこなんて、いないじゃないか?」
「どこにも人間にんげんはおろか、ねこ一ぴきだってひかれていはしないじゃないか。」
みんなは、こう口々くちぐちにいいました。そして、これはまさしく運転手うんてんしゅが、むだ目めを見みたのだといいました。
あくる日ひの町まちの新聞しんぶんには、運転手うんてんしゅがむだ目めを見みたために、貨物列車かもつれっしゃを脱線だっせんさしてしまったことを大おおきく書かいていました。そして、運転手うんてんしゅは、このごろ、神経衰弱しんけいすいじゃくにかかっていたということもつけくわえて報道ほうどうしました。
すると、ここに、白しろい着物きものを着きた大男おおおとこが、その後ごも真昼まひるごろ、のそりのそりと線路せんろの上うえを歩あるいているのを見みたというものがありました。なんでも、その人ひとの話はなしによると、雲くもをつくばかりの大男おおおとこであったというのでした。
こうした奇怪きかいな話はなしは、これまでに、二度どめであります。この鉄道線路てつどうせんろは、西南せいなんから走はしって、この野原のはらの中なかでひとうねりして、それからまっすぐに北方ほっぽうへと無限むげんに連つらなっているのでした。
この前まえこの地方ちほうに、稀有けうな暴風ぼうふうが襲おそったことがあります。そのときは、電信柱でんしんばしらをかたっぱしから吹ふき倒たおしてしまいました。高たかい木きは折おれ、家いえは倒たおれ、橋はしは流ながれてしまったので、じつに、天地てんちは真まっ暗くらになったのであります。人々ひとびとは、そのときの恐おそろしかったことをいまでも記憶きおくしています。やはり、その当座とうざ、一つのうわさがたちました。
なんでも、暴風ぼうふうは、黒くろい太ふとい棒ぼうになってうずを巻まいて過すぎていった。あの暴風ぼうふうがくる前まえ、灰色はいいろの着物きものを着きた、見上みあげるばかりの大男おおおとこが、この鉄道線路てつどうせんろの上うえをのそりのそりと歩あるいていたのを、見みたものがあったというのであります。
それで、このたびも運転手うんてんしゅが、白しろい着物きものを着きた大男おおおとこが、線路内せんろないを歩あるいているのを見みたといったことが、かならずしも、むだ目めばかりでないといって、みんなに不安ふあんを抱いだかせたのです。
線路せんろは修繕しゅうぜんされて、やがて列車れっしゃは、いままでのように往復おうふくするようになりました。その後ごになって、ふたたび同おなじような事件じけんが繰くり返かえされました。
もとより、これは、別べつな運転手うんてんしゅで、もっと年としをとった熟練じゅくれんな男おとこでありました。その汽車きしゃには、大臣だいじんとたくさんな高等官こうとうかんが乗のっていました。この野原のはらにさしかかると、汽車きしゃはしきりに警笛けいてきを鳴ならしつづけましたが、不意ふいに、停車場ていしゃばでもないのに止とまってしまったのです。
「どうしたのだ?」といって、みんなは、客車きゃくしゃの窓まどから頭あたまを出だして、外そとをのぞきました。運転手うんてんしゅや、その他た、汽車きしゃの勤務員きんむいんは、車内しゃないから飛とび降おりて、前方ぜんぽうの汽罐車きかんしゃの方ほうに向むかって駆かけていきました。
「ひいたな?」と、客車きゃくしゃに乗のっている人々ひとびとは、頭あたまを出だして、その方ほうを見みながらいいました。
また、一等とう室しつからも、大臣だいじんや、高等官こうとうかんの顔かおがちょっとばかり現あらわれました。しかしその人ひとたちの顔かおは、じきに引ひっ込こんでしまいました。けれど、内部ないぶでは、やはり他たの客車きゃくしゃに乗のっている人ひとたちと同おなじようなことをいって、うわさをしていたにちがいありません。
「不思議ふしぎだ!」という声こえが、あちらにも、こちらにも起おこりはじめました。
「いったい、どうしたことかな?」と、大臣だいじんは眉まゆのあたりをしかめて、おそばのものにたずねました。おそばのものは、さっそく、汽車きしゃの監督かんとくを呼よんで、子細しさいをさらにたずねたのであります。
監督かんとくは恐縮きょうしゅくして、いまあった事実じじつを答こたえました。
「線路内せんろないを歩あるいていくものがありますから、笛ふえを鳴ならしたのです。」
「その笛ふえの音おとは私わたしも聞きいた。」と、シルクハットをかぶった高等官こうとうかんはうなずきました。
「歩あるいている人間にんげんは、耳みみが聞きこえないとみえて、いっこう平気へいきで、汽車きしゃが後あとからくるのを気きづかなかったのです。しかたがないものですから汽車きしゃを止とめました。しかし、そのときは、もう遅おそかったか、歩あるいている人間にんげんのそばまで汽車きしゃが走はしっていきました。」
「ひいてしまったのか? しかし、前後ぜんごの事情じじょうを聞きけばしかたがないことだ。」と、高等官こうとうかんはいいました。
「いえ、ところが、線路せんろの上うえにも血ちが流ながれていず、またあたりにも、その人間にんげんの影かげが見みえないのです。」
「どんなようすをしていたのか?」
「やはり、白しろい着物きものを着きていたといいます。」
こう答こたえて、監督かんとくは、高等官こうとうかんの顔かおを仰あおぎました。
「最近さいきん、汽車きしゃが脱線だっせんしたときも、それだったじゃないか。また、運転手うんてんしゅがむだ目めを見みたのではないか。」と、高等官こうとうかんはいいました。
「今度こんどは、二人ふたりも、三人にんも、白しろい着物きものを着きた男おとこを見みたものがあるのです。」と、監督かんとくは頭あたまをかしげながら答こたえました。
おそばの者ものは、このことを大臣だいじんに申もうしあげました。すると、大臣だいじんは、大おおきな体からだをゆすって、
「このたびは、脱線だっせんをしなくて、命拾いのちびろいをしたというものじゃ。」と、驚おどろいたような、喜よろこんだような顔かおつきをしていいました。
大臣だいじんの乗のっていた列車れっしゃが、途中とちゅう不時ふじの停車ていしゃをしたというので、また問題もんだいになりました。そして、あくる日ひの町まちから出でる新聞しんぶんには、運転手うんてんしゅが、どうしてこのごろ、こうむだ目めを見みるのか? 気候きこうの変化へんかで、もしくは、過度かどの労働ろうどうでみんな神経衰弱しんけいすいじゃくにかかっているのではないかという疑うたがいを起おこしていました。
その後ごは、汽車きしゃが進行しんこうしてくる際さいに、たとえ線路内せんろないに、子供こどもや老人ろうじんの影かげを見みましても、運転手うんてんしゅは警笛けいてきを鳴ならさずに進行しんこうをつづけることがありました。
「これも、きっとむだ目めであろう。」と、彼かれらは思おもったからであります。
たちまち、責任問題せきにんもんだいが起おこりました。轢死者れきししゃの数すうが著いちじるしく増ましたからです。なぜ、警笛けいてきを鳴ならさなかったか? 被害者ひがいしゃの側がわでは、こういって、鉄道側てつどうがわを非難ひなんいたしました。
白しろい影かげは、鉄道線路てつどうせんろを伝つたって、ついに街まちの方ほうへやってきました。こんどは、街まちのあちらこちらで、白しろい影かげのうわさが盛さかんになりました。
「今日きょう、向むかいのご隠居いんきょが、取引所とりひきじょで、白しろい男おとこがみんなの中なかに混まじって見物けんぶつしていたといわれました。それで、昼過ひるすぎからの株かぶがたいへんに下さがって、大騒おおさわぎだったそうですよ。」と、あるところでは、おかみさんが近所きんじょの人ひとに話はなしをしていました。
「白しろい男おとこってなんでございますか?」
「白しろい着物きものを着きた、気味きみの悪わるい男おとこだそうですよ。」と、おかみさんは答こたえました。
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