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脊の低いとがった男

时间: 2022-11-17    进入日语论坛
核心提示:脊の低いとがった男小川未明 太郎(たろう)が叔母(おば)さんから、買(か)ってもらった小刀(こがたな)は、それは、よく切(き)れる
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脊の低いとがった男

小川未明


 太郎(たろう)が叔母(おば)さんから、買(か)ってもらった小刀(こがたな)は、それは、よく切(き)れるのでした。あまり形(かた)は、大(おお)きくはなかったけれど、どんな太(ふと)い棒(ぼう)でもすこし力(ちから)をいれれば、おもしろいように切(き)れるのでした。
 太郎(たろう)は、いままで持(も)っていた小刀(こがたな)を捨(す)ててしまいました。その小刀(こがたな)は、いくらといでもよく切(き)れなかったのです。太郎(たろう)には、よくとぐことができなかったのにもよりますけれど、もとから、その小刀(こがたな)は、よく切(き)れなかったのでした。紙(かみ)を切(き)るにも、ひっかかるようであったり、また鉛筆(えんぴつ)を削(けず)るにもガリガリ音(おと)がして、よく切(き)れないのでありました。
 それにくらべると、こんどの小刀(こがたな)は、ひじょうによく切(き)れたのです。紙(かみ)を切(き)るのにも、ほとんど音(おと)がしなければ、また鉛筆(えんぴつ)を削(けずる)るのにもサクリサクリと切(き)れて、それは、おもしろかったのであります。
 そんないい小刀(こがたな)を持(も)つことのできた太郎(たろう)は、幸福(こうふく)でありました。いつも、鉛筆(えんぴつ)の先(さき)は、木(き)の香(か)がするようにきれいに削(けず)られていて気持(きも)ちがよかったからです。太郎(たろう)は、かばんの中(なか)へ、その小刀(こがたな)を失(うしな)わないように大事(だいじ)にしまって、やがて、学校(がっこう)の終(お)わった鐘(かね)が鳴(な)ると、いつものように、急(いそ)いで、我(わ)が家(や)の方(ほう)へ帰(かえ)ってきました。
 途中(とちゅう)、太郎(たろう)は、桑圃(くわばたけ)の間(あいだ)を通(とお)ったのであります。この道(みち)は、毎日(まいにち)通(とお)らなければならぬ道(みち)でしたが、このときは、ただ太郎(たろう)一人(ひとり)でありましたから、右(みぎ)を見(み)たり、左(ひだり)を見(み)たりして、道草(みちくさ)をくってやってきました。
 すると、一本(ぽん)、桑(くわ)の枝(えだ)が目(め)にはいりました。もし、この枝(えだ)を根(ね)もとのところから切(き)ったら、じつにいいつえが造(つく)られたからです。また、つえなどを造(つく)らなくとも、その根(ね)もとはじつに太(ふと)く、そして枝(えだ)は、おもしろく曲(ま)がりくねっていて、見(み)るばかしでも好奇心(こうきしん)をそそらせるようなものでした。
「あの枝(えだ)がほしいな。」と、いって、太郎(たろう)は、ぼんやりとたたずんで見(み)ていましたが、ふと彼(かれ)は、自分(じぶん)のかばんの中(なか)に、切(き)れる小刀(こがたな)がはいっていたことを思(おも)い出(だ)したのであります。
 太郎(たろう)は、にっこりとしました。あの小刀(こがたな)で切(き)りさえすれば、どんな枝(えだ)でも切(き)ることができると思(おも)ったからです、彼(かれ)は、カバンの中(なか)から小刀(こがたな)を出(だ)そうとしました。そして、だれか、見(み)ていはしないかと、あたりを見(み)まわしました。もし、百姓(ひゃくしょう)が、見(み)つけたなら、きっと走(はし)ってきてしかるからであります……。太郎(たろう)は、うしろを振(ふ)り向(む)いたときに、びっくりしました。なぜなら、そこには、脊(せい)の低(ひく)い、頭(あたま)のとがった男(おとこ)が青(あお)い顔(かお)をして立(た)っていたからです。
 太郎(たろう)は、桑(くわ)の枝(えだ)を切(き)るどころでありませんでした。急(きゅう)に、歩(ある)き出(だ)しますと、その男(おとこ)も太郎(たろう)について歩(ある)いてきました。
 太郎(たろう)は、気味(きみ)が悪(わる)くなりましたが、だいたんに振(ふ)り向(む)きました。そしてこの見(み)なれない男(おとこ)を見(み)ると、かえって、小(ちい)さな男(おとこ)のほうが、びくびくしているらしかったのです。このようすを見(み)て、太郎(たろう)は、急(きゅう)に、気(き)が強(つよ)くなりました。
「俺(おれ)は、切(き)れるナイフを持(も)っているのだぞ!」といわぬばかりに、かばんの中(なか)から、小刀(こがたな)を取(と)り出(だ)しました。
 男(おとこ)の顔(かお)は、ますます青(あお)くなりました。太郎(たろう)は、この不具者(かたわ)は、いったい何者(なにもの)だろうと考(かんが)えましたから、
「おまえは、だれだ!」と、太郎(たろう)は、男(おとこ)に向(む)かっていいました。
 男(おとこ)は、うらめしそうな顔(かお)をして、太郎(たろう)を見(み)ました。
「坊(ぼっ)ちゃんは、私(わたし)をお忘(わす)れなさったのですか?」といいました。
 太郎(たろう)は、こんな男(おとこ)を知(し)っているはずがないと思(おも)いました。
「僕(ぼく)は、おまえなんか知(し)っていない。きっと人違(ひとちが)いだろう……。」と、太郎(たろう)は答(こた)えました。
「あなたは、私(わたし)をよく知(し)っていなさるはずです。私(わたし)こそ、ほかに、知(し)っている人(ひと)はないのであります。私(わたし)は、工場町(こうじょうまち)で生(うま)まれました。そして、どうかしんせつな方(かた)のところへゆきたいものだ。そうすれば、私(わたし)は、その方(かた)のために、朝晩(あさばん)、どんなにでも働(はたら)こうと思(おも)っていました。……それが、こんな有(あ)り様(さま)になってしまった。これというのも私(わたし)の不運(ふうん)です……。」と、青(あお)い顔(かお)をした、脊(せい)の低(ひく)い男(おとこ)はいいました。
「僕(ぼく)は、そんなことは知(し)らないよ。だいいち、おまえのいっていることが、僕(ぼく)には、わからないのだ。なんだか、僕(ぼく)が、おまえをいじめたようにとれるじゃないか?」
「そうです。私(わたし)は、坊(ぼっ)ちゃんに、罪(つみ)のないのにいじめられました。もっと、役(やく)にたち、もっとこの世(よ)の中(なか)に生(い)きていたかったのを、あなたは、私(わたし)をかわいそうとも思(おも)わずに、苦(くる)しめぬいて捨(す)ててしまわれました。考(かんが)えると、うらめしいのであります……。」
 太郎(たろう)は、なんだか、この青(あお)い男(おとこ)のそばにいるのが怖(おそ)ろしくなって、駈(か)け出(だ)しました。
 その晩(ばん)のことであります。太郎(たろう)は、床(とこ)についてから、昼間(ひるま)学校(がっこう)の帰(かえ)りに、出(で)あった、脊(せい)の低(ひく)い青(あお)い顔(かお)の男(おとこ)のことを思(おも)い出(だ)しました。けれど、すぐに、彼(かれ)は、眠(ねむ)ってしまいました。
「坊(ぼっ)ちゃん、昼間(ひるま)は、なんで逃(に)げ出(だ)してしまったのです。あなたは、あんなに切(き)れるナイフを持(も)っておいでなさるくせに……。しかし、このまえのナイフのほうが、どれほど、思(おも)いやりや、友情(ゆうじょう)があったかしれません。私(わたし)は、いま窓(まど)の下(した)で、横(よこ)たわりながら、そう思(おも)っています……。」と、青(あお)い顔(かお)の男(おとこ)は、いいました。
 太郎(たろう)は、身動(みうご)きをしました。その瞬間(しゅんかん)に夢(ゆめ)からさめたのでした。
 あくる日(ひ)の朝(あさ)、彼(かれ)は、起(お)きるとまず、机(つくえ)の抽斗(ひきだし)を開(あ)けて、友情(ゆうじょう)のあったという昔(むかし)のナイフを出(だ)してみました。そのナイフは、もう赤(あか)くさびています。彼(かれ)は、念(ねん)のために窓(まど)の下(した)へいってみました。そしてなにか、そこにないかとあたりを探(さが)しますと、自分(じぶん)が、おもしろ半分(はんぶん)にその頭(あたま)を削(けず)った、短(みじか)くなって捨(す)てた一本(ぽん)の鉛筆(えんぴつ)が、かなしそうに落(お)ちていたのであります。

――七月九日――

 

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