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戦友(1)

时间: 2022-11-17    进入日语论坛
核心提示:戦友小川未明 目(め)の落(お)ちくぼんだ、鼻(はな)の高(たか)い、小西(こにし)一等兵(とうへい)と、四角(かく)の顔(かお)をした
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戦友

小川未明


 目(め)の落(お)ちくぼんだ、鼻(はな)の高(たか)い、小西(こにし)一等兵(とうへい)と、四角(かく)の顔(かお)をした、ひげの伸(の)びている岡田上等兵(おかだじょうとうへい)は、草(くさ)に身(み)を埋(う)ずめ腹(はら)ばいになって話(はなし)をしていました。
 見(み)わたすかぎり、草(くさ)と灌木(かんぼく)の生(は)え茂(しげ)った平原(へいげん)であります。真(ま)っ青(さお)な空(そら)は、奥底(おくそこ)の知(し)れぬ深(ふか)さを有(ゆう)していたし、遙(はる)かの地平線(ちへいせん)には、砲煙(ほうえん)とも見(み)まがうような白(しろ)い雲(くも)がのぞいていました。もう秋(あき)も更(ふ)けているのに、この日(ひ)の雲(くも)は、さながら、夏(なつ)のある日(ひ)の午後(ごご)を思(おも)わせたのであります。
「故郷(こきょう)へ帰(かえ)ったようだな。」
 ときどき、思(おも)い出(だ)したように、あちらから、打(う)ち出(だ)す銃声(じゅうせい)がきこえなかったなら、戦地(せんち)にいるということを忘(わす)れるくらいでした。
「いやに静(しず)かじゃないか。」
「敵(てき)と相対(あいたい)しているという気(き)がしない。散歩(さんぽ)にきて臥転(ねころ)んで、話(はな)しているような気(き)がする。」
「見(み)たまえ、自然(しぜん)はきれいじゃないか。あの花(はな)は、なんという花(はな)かな。」と、小西(こにし)が、いいました。
「おれは、草(くさ)の名(な)というものをよく知(し)らないが、りんどうに似(に)ていないのかな。」
 岡田(おかだ)は、そう答(こた)えて、自分(じぶん)もそこの地上(ちじょう)に咲(さ)いている花(はな)に目(め)をとめました。すると、どこかで、細々(ほそぼそ)と虫(むし)の鳴(な)く声(こえ)がしたのです。
 小西(こにし)は、頭(あたま)を上(あ)げると、戦友(せんゆう)の顔(かお)を見(み)つめながら、
「僕(ぼく)が死(し)んだら、帰還(きかん)したとき、老母(ろうぼ)に言伝(ことづて)をしてくれないか。」と、真剣(しんけん)な調子(ちょうし)で、いいました。
「なに、おまえが戦死(せんし)して、このおれが生(い)きていたらというのか。」
「そうなんだ。」
「おまえが死(し)ねば、おれだって死(し)ぬだろうに……、またどうして、そんなことを考(かんが)えたんだい。」
 小西(こにし)一等兵(とうへい)は、微笑(びしょう)しながら、
「僕(ぼく)は、画家(がか)なんだ。」
「そうか、画描(えか)きさんなのか。」
「ここへくれば、そんな職業(しょくぎょう)のことなどはどうだっていいのだ。じつは、あれからもう二年(ねん)たつが、いつも見慣(みな)れている、自分(じぶん)の住(す)んでいた町(まち)の景色(けしき)が、ばかに昨日(きのう)今日(きょう)、美(うつく)しく見(み)えるじゃないか。それで、一枚(まい)描(か)こうかと思(おも)って、絵(え)の具(ぐ)を買(か)いに出(で)かけて、帰(かえ)ってみると召集令(しょうしゅうれい)がきていたんだ。ああ、それで気(き)がついたよ。神(かみ)さまが、一生(しょう)かかって観察(かんさつ)するだけのものを一瞬間(しゅんかん)に見(み)せてくださったのだと、ところが、今日(きょう)僕(ぼく)にはこの野原(のはら)の景色(けしき)がたとえようなく美(うつく)しく見(み)えるのだ。空(そら)の色(いろ)も、雲(くも)の姿(すがた)も、また、この紫色(むらさきいろ)の花(はな)も、虫(むし)の声(こえ)までが、かつてこれほど僕(ぼく)を感激(かんげき)させたことはない。いまここにカンバスがあるなら、どんな色(いろ)でも出(だ)し得(う)るような気(き)さえする。
 しかし、これを描(か)く、描(か)かぬは問題(もんだい)でなかろう。そして、この際(さい)むしろ、描(か)くなんかということを考(かんが)えないほうがいいのだ。ただ、こうして、自然(しぜん)の裡(うち)にひたっていると、僕(ぼく)には、平時(へいじ)の十年(ねん)にも、二十年(ねん)にも優(まさ)るような気(き)がするのだ。いや、それよりも長(なが)い間(あいだ)、生活(せいかつ)してきたように思(おも)える。それで、ふと戦死(せんし)ということが頭(あたま)に浮(う)かんだのだ。僕(ぼく)が、今日(きょう)にも戦死(せんし)したら、あとに残(のこ)った老母(ろうぼ)に、ただ一言(ひとこと)、僕(ぼく)が、勇敢(ゆうかん)に戦(たたか)って死(し)んだといって、告(つ)げてもらいたかったのだ。僕(ぼく)の母親(ははおや)は、子供(こども)の時分(じぶん)から、僕(ぼく)を教育(きょういく)するのに、いつも、いかなる場合(ばあい)でも、卑怯(ひきょう)なまねをしてはならぬといいきかせたものだ。出征(しゅっせい)する朝(あさ)も、神(かみ)だなの前(まえ)にすわって、このことを繰(く)り返(かえ)していったのだ。今日(きょう)は野原(のはら)の景色(けしき)が、あまり美(うつ)しく見(み)えるので、ついこれからの激戦(げきせん)に花(はな)と散(ち)るのでないか、と思(おも)ったよ。」
 だまって聞(き)いていた、岡田上等兵(おかだじょうとうへい)は、あっはははと快活(かいかつ)に笑(わら)った。
「なにも心配(しんぱい)するな。万(まん)一、おれが、武運(ぶうん)つたなく生(い)きて帰(かえ)るとしたら、きっとお母(かあ)さんに見(み)たままを言伝(ことづて)する。しかしなあ小西(こにし)、おれは、いつもこの隊(たい)にいるものは、生死(せいし)を一つにすると思(おも)っているのだ。そうとしか考(かんが)えられない。どちらが先(さき)に、どちらが後(あと)に死(し)ぬかわからぬが、おれも生(い)きて帰(かえ)るとは考(かんが)えていないぞ。」
「生死(せいし)だけは、運命(うんめい)だからなあ。」
 感(かん)じやすい、清(きよ)らかな目(め)つきをしている小西(こにし)は、空(そら)を見上(みあ)げて答(こた)えました。
 この話(はなし)が、わずか、三分間(ぷんかん)か、五分間(ふんかん)にしか過(す)ぎなかったけれど、二人(ふたり)には、たいへんに長(なが)い時間(じかん)を費(つい)やしたごとく思(おも)われました。
「君(きみ)は、芸術家(げいじゅつか)だが、おれは工場(こうじょう)で働(はたら)いていた職工(しょっこう)なんだ。だからおれの口(くち)から人生観(じんせいかん)などと、しゃれたことをいうのはおかしいが、人間(にんげん)の社会(しゃかい)は、組(く)み立(た)てられた機械(きかい)のようなものだと信(しん)じているのさ。」
「わかるような気(き)がするよ。」

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