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たましいは生きている(1)

时间: 2022-11-19    进入日语论坛
核心提示:たましいは生きている小川未明昔むかしの人ひとは、月日つきひを流ながれる水みずにたとえましたが、まことに、ひとときもとどま
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たましいは生きている

小川未明


昔むかしの人ひとは、月日つきひを流ながれる水みずにたとえましたが、まことに、ひとときもとどまることなく、いずくへか去さってしまうものです。そして、その間あいだに人々ひとびとは、喜よろこんだり、悲かなしんだりするが、しんけんなのは、そのときだけであって、やがて、そのことも忘わすれてしまいます。
この話はなしも、後あとになれば、迷信めいしんとしか、考かんがえられなくなるときがあるでしょう。
*   *   *   *   *
わたしの兄あには、音楽おんがくが好すきで、自分じぶんでもハーモニカを吹ふきました。海辺うみべへいっては砂すなの上うえへ腰こしをおろして、緑色みどりいろのあわ立だちかえる海原うなばらをながめながら、心こころゆくまで鳴ならしたものでした。無心むしんで吹ふくこともあったし、また、はてしない遠とおくをあこがれたこともあったでしょう。それは、夕日ゆうひが花はなのごとく、美うつくしくもえるときばかりでありません。灰色はいいろの雲くもが、ものすごく低ひくく飛とび、あらしの叫さけぶ日ひもありました。
「正しょうちゃん、この海うみの合奏がっそうは、ベートーベンのオーケストラに、まさるともおとらないよ。人間にんげんが、いくらまねようたって、自然しぜんの音楽おんがくには、かなわないからね。」と、兄あには、いいました。
戦争せんそうが、だんだん大おおきくなって、ついに、兄あにのところへも召集令しょうしゅうれいがきました。わたしは、その日ひを忘わすれることができません。いままで、たのしかった、家いえの中なかは、たちまち笑わらいが消きえてしまって、兄あには、自分じぶんの本箱ほんばこや、机つくえのひきだしを、片かたづけはじめました。
「いけば、いつ帰かえるかわからないから、ハーモニカを正しょうちゃんに、あずかってもらうかな。」
こうきくと、わたしは、兄あにの気持きもちを考かんがえて、しぜんと涙なみだがわきました。
「にいさんが、帰かえるまで、なんでも、そのままにしておくよ。」
「いや、もっと戦争せんそうが、はげしくなれば、この家いえだって、どうなるかしれんものね。」
兄あには、無事ぶじで帰かえれたなら、また勉強べんきょうをはじめるつもりだったのでしょう。英語えいごの辞書じしょも、いっしょに渡わたしました。
しかし、兄あには、それぎり帰かえってきませんでした。兄あにの船ふねは、南方なんぽうへいったといううわさでしたが、出発後しゅっぱつご、なんのたよりもなかったのです。
わたしは、海辺うみべに立たって、はるかな水平線すいへいせんをながめて、ハーモニカを吹ふきました。入いり日ひの前まえの空そらに、さんらんとして、金色きんいろのししのたてがみのような雲くもや、また、まっ赤かな花はなのような雲くもが、絵模様えもようのように、飛とぶことがありました。兄あには、こんなようなたそがれが、大好だいすきであったと思おもうと、いまごろ、どこかの島しまで、この空そらを見みてるのでなかろうかと、ひとりでに、目めの中なかのくもることがありました。わたしは、せめて、この真心まごころの、兄あにに通つうずるようにと、ハーモニカを吹ふいたのでした。
また、あらしの日ひにも、兄あにのしたごとく、浜辺はまべへ出でて、鳴ならしました。しかし、兄あにのハーモニカが、ここにありながら、それを愛あいする兄あにの、いないということは、考かんがえるとさびしいかぎりでした。
その翌年よくねんの夏なつには、公報こうほうこそ入はいらなかったけれど、兄あにの戦死せんしは、ほぼ確実かくじつなものとなりました。
ある日ひ、わたしは、波打なみうちぎわで、清せいちゃんと遊あそんでいました。
「波なみは、生いきているよ。」と、清せいちゃんが、いったので、わたしは、
「生いきているって、たましいがあるというの。」と、ききかえしました。
「うそと思おもうなら、石いしを投なげてごらん。怒おこって、大おおきくなるから。」と、清せいちゃんは、ふしぎなことをいうのです。
わたしは、石いしをひろって投なげました。つづいて、清せいちゃんが、なげました。ふたりのすることを、せせら笑わらって見みていた、白しろい波なみが、だんだん高たかく頭あたまをもたげて、急きゅうにふたりの足あしもとをおそいました。
「ほら、おこった!」と、清せいちゃんが、叫さけびました。
わたしは、むちゅうになって、石いしをひろっては、できるだけ沖おきへ近ちかづいて投なげると、もくら、もくらと、海うみはふくれ上あがり、大波おおなみが、わたしの足あしをさらおうと、やってきたので、あわてて逃にげました。そのとき、砂すなの上うえへおいたハーモニカを持もっていってしまいました。
わたしは、波なみが、またハーモニカを返かえしてくれはしまいかと、しばらく立たって、待まっていたが、それは、ついにむだでした。
月つきの明あかるい晩ばんでした。わたしは、窓まどに腰こしをかけて、どこかで鳴なく虫むしの、かすかな声こえをきいていました。秋あきの近ちかづくのを感かんじたのでした。すると、たちまち、ハーモニカの音ねがしたのでした。
「あれは、だれがふいているのだろう。」と、こんどは、そのほうへ気きをとられました。吹ふいている人ひとは、歩あるいているのか、その音ねは、近ちかくなったり、遠とおくなったりしました。
「にいさんじゃないか。」と、わたしは、立たち上あがりました。あまり、しらべが、よくにていたからです。外そとへ出でてみようとするうちに、ハーモニカの音ねは、やんでしまいました。
まだ、そのうたがいの解とけぬ、二、三日にち後のちのことです。わたしは、赤あかく夕日ゆうひが、海うみへ沈しずむのをながめていました。すると、うしろの砂山すなやまのあたりで、ハーモニカの音ねがしました。その吹ふき方かたが、兄あにそっくりなので、わたしは、はっとして、このときばかりは、全身ぜんしんがあつくなりました。
「だれだか、見みてやろう。」
ただ、むやみとそのほうへ、足あしにまかせて、かけ出だしたが、いつしか、音ねも消きえれば、さっきまで、ちらほらしていた、人影ひとかげまで、どこへやら去さって、見みえなくなったのです。
わたしは、家いえに帰かえって、このことを母ははに話はなしました。
「それは、気きのせいです。あまりおまえが、にいさんを思おもうから。」と、母ははは、いいました。
しかし、わたしは、気きのせいだとは、信しんじられませんでした。けれど、それ以上いじょういい張はることは、できませんでした。ところが、なんとおどろくことには、こんどはうず巻まく波なみの中なかから、兄あにの吹ふく、ハーモニカのしらべがきこえたのです。わたしは、さっそく、清せいちゃんを呼よんできました。清せいちゃんは、いつになく、まじめくさって、耳みみをすましました。
「きっと、正しょうちゃんのなくした、ハーモニカをお魚さかなが、小ちいさな口くちで吹ふいているんでないか。」といいました。
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