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隣村の子

时间: 2022-11-28    进入日语论坛
核心提示:隣村の子小川未明良吉りょうきちは、重おもい荷物にもつを自転車じてんしゃのうしろにつけて走はしってきました。その日ひは、あ
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隣村の子

小川未明


良吉りょうきちは、重おもい荷物にもつを自転車じてんしゃのうしろにつけて走はしってきました。
その日ひは、あつい、あつい日ひでした。そこは大おおきなビルディングが、立たち並ならんでいて、自動車じどうしゃや、トラックや、また自転車じてんしゃが往来おうらいして、休やすむようなところもなかったのです。
そのうち、濠端ほりばたへ出でると、車くるまの数かずも少すくなくなり、柳やなぎの葉はが風かぜになびいていました。そしてガードの下したに、さしかかると、冷つめたい風かぜが吹ふいてきて、躰からだがひやりとしました。
「ここで、すこし休やすんでゆこう。」と、良吉りょうきちは、自転車じてんしゃを止とめて、さながら、坑あなのあちらの、ちがった、世界せかいからでも吹ふいてくるような、風かぜを胸むねに入いれていました。
暑あつい日ひに、働はたらいている人々ひとびとが、たまたま、こんな涼すずしいところを見みいだしたときの喜よろこびというものは、どんなでしょう。それは、一通ひととおりではありません。
「ここは、いいところだな。」と、良吉りょうきちは、思おもいました。良吉りょうきちのほかにも、日ひごとにここで休やすんで、いった人ひとがあったとみえて、タバコの空あき箱ばこや、破やぶれた麦むぎわら帽子ぼうしなどが、捨すててありました。なんの気きなしに、ガードの壁かべを見みると、白しろいチョークで、落書らくがきがしてあったので、それを見みるうちに、子供こどもらしい字じで書かかれた、……県けん……村むら……という文字もじが目めに入はいりました。
「おお、これは私わたしの生うまれた、隣村となりむらの名なだ。」と、良吉りょうきちは、その文字もじに吸すいつけられたように近ちかづきました。そして、もっとなにか書かいてなかろうかと、さがしたけれど、それしか文字もじが書かいてありませんでした。
「だれが、書かいたのだろうな。」と、彼かれは、さびしさのうちにも、なつかしさを感かんじたのであります。
彼かれは、また、思おもいました。
「きっと、自分じぶんのような、村むらから出でた子供こどもだろう。そして、ここを通とおるときに、ふと故郷こきょうのことを思おもい出だしたのだろう。」
なぜなら、良吉りょうきちの村むらも、この隣となりの村むらも、青あおい青あおい、海うみに面めんした村むらであって、夏なつになると、涼すずしい風かぜが、このガードを通とおってくる風かぜのように、冷つめたく、かなたの、沖おきから吹ふいてきたのだから。
良吉りょうきちは、しばらく、ぼんやりとして、これを書かいた子供こどもの姿すがたを想像そうぞうしていましたが、急きゅうに下したを向むいて、あたりをさがしました。すると半分はんぶん土つちにうずもれて、チョークのかけらが、壁かべのきわに落おちていました。
彼かれは、それを拾ひろうと、指ゆびさきで土つちを落おとしました。そして、壁かべに書かいてある、落書らくがきに並ならべて良吉りょうきちは、自分じぶんの村むらの名なを書かき、そのかたわらにM生エムせいとしたのであります。良吉りょうきちの姓せいは、村山むらやまであったからです。
自分じぶんたちの村むらが並ならんでいるように、このガードの壁かべに、村むらの名なが並ならべて書かかれたのでも、良吉りょうきちにとっては、このうえなく、なつかしいのでした。彼かれは、それを見みて、にっこりと笑わらいました。
それから、また自転車じてんしゃに乗のって、道みちを急いそいだのでありました。
彼かれは、小学校しょうがっこうを卒業そつぎょうすると、すぐ都会とかいの呉服屋ごふくやへ奉公ほうこうに出だされました。それから、もう何年なんねんたったでしょう。彼かれは、勉強べんきょうして、末すえにはいい商人しょうにんになろうと思おもっているのでした。
彼かれは、都会とかいへ出でるとき、まだ小ちいさかったから、汽車きしゃの中なかでは、故郷こきょうが恋こいしくて泣なきつづけました。そのことを忘わすれません。また、奉公ほうこうをしてからも、夢ゆめの中なかで、お母かあさんと話はなしをして、目めがさめてから、しくしくと泣ないたこともありました。
そんなことを思おもうと、隣村となりむらから、この都会とかいにきている、顔かおを知しらない少年しょうねんもやはり自分じぶんと同おなじように、はじめは、泣ないたであろう、また、さびしかったであろう。そして、自分じぶんが、片時かたときも故郷こきょうのことを忘わすれぬように、その少年しょうねんも、自分じぶんの村むらを忘わすれないであろうと思おもうと、その顔かおを見みない少年しょうねんが、なんとなく、慕したわしくなりました。
良吉りょうきちは「遠とおくからきて、働はたらいているのは、けっして、自分じぶんばかりでない。」と、考かんがえると、また、勇気ゆうきづけられもしました。
それから、半月はんつきばかりたってから、良吉りょうきちは、ふたたび用ようたしのために、ガードの下したを通とおりかかりました。そのとき、彼かれは、なんで落書らくがきのことを思おもい出ださずにいましょう。
「あの落書らくがきは、まだ書かいてあるかな。あれから、もし隣村となりむらの子こが見みたら、なにかまた書かいたかもしれない。」
彼かれは、一種しゅのはかない希望きぼうと、なつかしみとをもって、自転車じてんしゃを止とめてみました。自分じぶんの村むらの名なも、隣村となりむらの名なも、並ならんであのときのままになっていたけれど、しかし、それ以外いがいになにも新あたらしく書かかれてはいませんでした。
「隣村となりむらの子こは、その後ごここを通とおらなかったのだろう?」と、良吉りょうきちは、思おもいました。そしてどうか、その子こが無事ぶじであるようにと、良吉りょうきちは、心こころのうちで祈いのったのでした。
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