天野川(あまのがわ) (大阪府交野市)
平安時代の歌合わせでこの名が定着
大阪府の北東部、大阪と京都と奈良がちょうど境を接するあたりに位置するのが交かた野の市だ。この立地からして、古代から開かれていた地であることはたしかで、条里地割の遺構がある。
一帯は「交野台地」と呼ばれ、平安時代以降は皇室の狩猟地となり、鷹狩りなどの行ぎよう幸こうがたびたびあったという。おそらくお供をしたのだろう、宮廷人たちも、交野の地を歌に詠んでいる。
当時はサクラの名所だったことが残された歌からわかるが、現在の交野市は「星のまち かたの」をキャッチフレーズにしている。
キャッチフレーズを誘引したのは、市域を流れる淀川支流「天野川」をはじめ、星にまつわる地名や伝説が多いためだ。しかし、天野川そのものの名称の由来は、星とは無関係のようだ。
稲作文化が根づいた大和地方でも、この一帯はとくに稲の実りがよかったことから、「アマノ(甘野)」と称されるようになる。田を潤す水を供給する川も「アマノ川」である。条里地割の遺構が、稲作が盛んだったことをうかがわせる。
平安時代にここを訪れた宮廷歌人が、アマノを星空の「天の川」になぞらえる歌合わせをした。そこから川の名は天野川として定着したのである。
天野川に架かかる「 あい合あい橋ばし」も、七夕の夜の織姫と彦星の、年に一度の逢おう瀬せからの呼称である。
織姫である棚たな機ばた姫ひめを祀ったのが、市内倉治にある機はた物もの神社で、彦星である牽けん牛ぎゆうを祀ったのが、隣接する枚ひら方かた市にある中山寺だ。二人は毎年七月七日「 合橋」で会っているに違いない。