エドモント・ホテルの前で客待ちしていたタクシーを拾い、抜弁天へ向かわせた。
富春と女というのが、おれにはどうにも結びつかなかった。富春は女遊びをしなかった。どこかの女になびくということもなかった。女に対してあまりにもかたくななので、ホモじゃないかと思うこともあったぐらいだ。
その富春が、女はどこだと叫びながら〈紅蓮〉へ乗りこんだという。元成貴はどこだ、ではなく、女はどこだ。
富春は女を追って歌舞伎町に戻ってきたのだ。どうしてかはわからないが、その女を元成貴が拉致《らち》していると思いこんで——元成貴がそんなことをするはずはない。富春の女を掴まえたということは、富春の居場所を掴まえたというのと同じだ。元成貴なら、女をさらうなどというまどろっこしい手はとらずに、直接、殺し屋を送り向ける。その女が何者であるにしろ、富春は間違った情報に踊らされている。そして、元成貴も、富春が女を探しているということに気づいたはずだ。二人を——特に元成貴を出し抜くためには、おれが真っ先にその女を掴まえなければならない。そんな女が本当にいると仮定しての話だが。
女、と聞いて思いだすのは、夏美と名乗る中国女だ。あの女は富春が歌舞伎町に舞い戻るのと時を同じくしておれに電話をかけてきた。その前の日には、公衆電話でだれかに、助けて、と告げている。
おれは偶然を信じない。偶然を信じるなんて、間抜けなカモのすることだ。夏美は富春に、助けて、といったのだ。それで、富春はやってきた。すべてを仕組んだのは、夏美なのだ。
そう考えると、頭の中がいくぶんすっきりした。本当のところなんてわかるはずもないし、強引すぎる推理だということも認めるが、とりあえずは線が繋がったのだ。
薄汚れた闇の中、弁天荘はすぐに見つかった。もしかすると、徐鋭たちがまだ見張っているかもしれないと思って、大久保通りの方から歩いてきたのだ。徐鋭たちはいなかった。どこかに隠れている気配もない。車の音が響き渡るだけで、あたりは無気味なぐらい静まり返っていた。
建物の裏側に回ってみた。二〇三号室の窓はカーテンがかかり、隙間を縫って漏れてくる光もなかった。昼間脅し上げた葉の住む二〇五からは、煌々とした明かりが漏れている。他の部屋——二〇一、二〇二、二〇四の窓はカーテンもなく、紙の上に落ちたインクの染みのように、ぽっかりと暗い穴を開けているだけだった。
表に戻り、音を立てないように注意してアパートの階段をのぼった。腰を屈めて二つの部屋の前を通りすぎ、二〇三のドアに耳を押し当てて中の様子をさぐった。だれかが中にいる気配はなかった。周囲に視線を走らせて、おれはポケットから道具と手袋を取りだした。知り合いの錠前屋から博奕のかたとして巻き上げた開錠セット。この手のぼろアパートの錠なら、ものの五分で開くことができる。おれは手袋をはめ、仕事にとりかかった。
五分もかからなかった。器具の先端を鍵穴《かぎあな》に突っ込んでいじくりまわしていると、カチリと音がして、ドアが開いた。
もう一度あたりを見回した。おれの神経をかき回すような気配はどこにもなかった。おれは部屋の中に身体をすべりこませた。