「最初はね、健一も死んじゃえばいいと思ってた」
おれの左腕を枕にしながら、小蓮が口を開いた。おれも小蓮も、裸でシーツにくるまれていた。
「富春はね、ほんとに健一のこと自慢してたんだよ。頭の切れる最高のダチだって。富春が人のこと誉めるの、聞いたことなかった。きっと、酷いやつなんだろうと思ってた。富春みたいな」
「おれにはダチなんかいない」
「知ってる。健一はわたしとおんなじだもん」
首をひねって小蓮を見た。小蓮はこれまで見たことのないような穏やかな笑みを浮かべていた。無償の愛情か、それとも素晴らしい演技。どっちでもよかった。
「あのぼろアパートで初めて会ったときに、あ、この人わたしとおんなじだって、びびっときたのよ。絶対に信じちゃいけないって、何度も思った。健一がわたしのカードやなんかを持っていった時は、ほんとに悔しかった。あんなに気を許しちゃいけないって思ってたのに。何度も、あのまんま逃げ出しちゃおうかと思ったわ。どうして逃げなかったか、わかる?」
「おまえが馬鹿だからだ。おれに気を許しちゃいけないってのに、おまえはあっさりマンションの場所をおれに教えた。金がかかってるからな、おまえはどうしたってあのマンションから離れられない。逃げたって、いつかはおれに掴まるんだ」
「疲れてて、うまく頭がまわらなかったのよ」
「いいわけにはならないぞ」
「わかってる。でもね、それだけじゃないんだよ」
小蓮はそういって勢いよく身体を回転させた。脇のすぐ下に小蓮の鼻がきて、吐息がおれの腋毛《わきげ》をくすぐった。
「健一は信じないだろうけど……わたし、考えたの。もし健一がわたしと同じだったらって。もしそうなら、わたし、もう一人じゃなくなるのかもしれないって」
おれはなにも答えなかった。黙ってホテルの部屋のうそ寒い天井を見つめていた。
「だから、しばらくの間は健一と一緒にいようって決めたの……やっぱり、信じない?」
「信じるさ」
天井を見つめたまま、いった。身体中の神経が麻痺してるような感覚に襲われていた。おれはここでなにをしてる? この女となにを喋《しゃべ》ってる? ずっと胸のうちでくすぶり続けてる疑問。だが、唇は動きつづけた。
「おまえはおれという人間に自分と同じ匂いを嗅いだ。怖れと希望を抱いた。だから、おれにくっつき、同時に楊偉民と連絡を取って保険をかけた。おれの知らないところでもいろいろやってるのかもしれないが、前にもいったように、おれがおまえでも同じことをする。信じちゃいけない理由なんか、どこにもない」
沈黙がおりた。おれたちは肌をくっつけあったまま、身じろぎもせずにいた。
「わたしたち、ほんとはずっと一人でいるべきなんだよね」
やがて、ぽつりと小運がいった。その通りだった。だが、おれたちはであってしまった。いつだって、現実は後戻りがきかない。
小蓮の手が股間に伸びてきた。すぐにかたくなる。そう、頭で考えることなどどうでもよかった。小蓮があいてなら何度だっておっ立つことができた。身体が小蓮を求めている。それだけが信じられるすべてだ。
小蓮がシーツの中に潜り込み、おれの先端に軽く歯を当てた。おれたちは、二匹のけものだった。