いつの間にか眠っていた。夢も見なかった。こんなのは初めてだった。
むず痒《がゆ》さを覚えて目を開けると、俯《うつぶ》せになった小蓮がおれの頭を撫でていた。その手を払いのけて起き上がり、時計を見た。
五時ちょっと前。楊偉民に電話をしなけりゃならない時間をかなり過ぎていた。
床に転がっていたベレッタを拾い上げて、バスルームに向かった。むかっ腹が立っていた。
よくはわからないが、おれは小蓮を愛しているのだろう。だが、それと小蓮を信じることは別だ。小蓮が何をするかわからないのに、薄汚く眠りを貪るなんて、間抜けにもほどがある。
熱い湯をひねってその下に立ち、目を閉じた。肌がひりひりする熱湯が、おれの弛緩《しかん》した神経をきりきりと巻き上げていくようだった。
五分ほどそうしてから、おれはシャワーを冷水に切り替えバスルームを出た。手荒く身体を拭い、服を身に着けた。その間、小運はベッドの上で黙っておれを見つめていた。
「シャワーを浴びて、着替えろ。おれはその間、電話をかけてくる」
小蓮は小さくうなずいて起きあがった。
「なにを着ればいい?」
「動きやすけりゃ、なんだっていいさ」
「わかった」
そう答えると、小蓮はおれに見せつけるように尻をくねらせて、バスルームへ消えていった。おれはルームキィを手にして部屋を出た。
エレベータでロビィまでおり、空いている電話を見つけた。五時二十分。急がなきゃならない。
「おれだ。遅れて、すまない」
楊偉民が口を開く前に、おれはいった。
「大勝負の前だというのに、余裕だな、健一」
「いろいろとしなきゃいけないことがあるんでね」
楊偉民の皮肉に、そう応じた。おれがいろんな保険をかけていると思わせるためのはったりだ。
「で、わかったかい?」
「わからん。ガセねたではないのか?」
楊偉民は間をおかずに答えた。
「確かな筋から聞いたんだ。あんたでもわからないとなると……」
言葉を濁した。なにかがひっかかる。だが、それがなんなのかはわからなかった。
「できるだけのことはした。それでわからんのだ。諦めるしかなかろう。どっちにしろ、あと少しで元成貴はこの世からいなくなる」
「わかった。もう、どうしようもないからな」
おれはもどかしさにかられていたが、抑揚のない声を受話器に吹きこんだ。
「じゃあ、小文の店でもよろしく頼む」
「わかっておる。元成貴はついさっき〈咸享酒家《シェンシァンジゥジァ》〉に入った。あそこから天文の店に向かうつもりだろう。おまえはうまくあいつをはめたというわけだ」
楊偉民は乾いた笑いを立てて電話を切った。楊偉民の最後の言葉を噛み締めながら、天楽苑の電話番号をプッシュした。
「はい?」
「劉健一だが、崔虎を頼む」
「おい、今日は六合彩《リウホーツァイ》の日だぜ。明日にでもかけ直しな」
「急いでるんだ」
「知ったことかよ」
いい返す暇もなく、電話は切れた。舌打ちしながら受話器を置いた。楊偉民はおれになにかを隠している。確信があるわけじゃないが、楊偉民のやり方を、おれは骨の髄まで知り尽くしているのだ。
エレベータに乗りながら、焦燥感にじりじりと焙《あぶ》られているような感覚を味わっていた。黄秀紅に計画を打ち明けたのは失敗だった。いや、それをいうなら、今回のすべてのことが失敗だった。小蓮にであって、おれの勘は狂ってしまった。やることなすこと、ドジばかりだ。
今日の計画は中止にすべきなのかもしれなかった。だが、もう、遅い。おれが眠りこけている間に時間は流れ、もう後戻りはきかなくなってしまっている。
重い足取りでエレベータホールから部屋に向かいながら、肚を決めた。こいつはギャンブルだ。自分が負ける目に賭ける馬鹿はいないだろう。問題は崔虎の動きだ。あいつはおれと富春のことを信用していない。必ず、バックアップ要員を配置させているはずだ。富春がしくじっても、崔虎の手下どもが元成貴にとどめを刺す。それを信じることしか、おれにはできないのだ。
部屋に戻ると、小蓮は下着姿で着替えの最中だった。薄いブルーのブラとショーツが、湯上がりの肌に薄く張り付いていた。
「ちょっと待って。すぐに着るから」
小蓮は旅行ケースの中から新しいTシャツを取りだした。近づいていって、その手を押さえた。
「なに?」
おれはその問いには応えず、尻をこっちに向けさせたまま小蓮をベッドの上に押し倒した。
「シャワー浴びたばっかりなのに」
「かまうもんか」
小蓮のショーツを膝まで引き下ろし、おれはベルトを外した。さっきと同じように、なんの愛撫も加えないまま、一気に貫いた。
小蓮は熱かった。肌の表面も、中も熱かった。その熱さの中で、おれはあっという間に果てていた。