「じゃあ、ごまかして手に入れたんだな。とにかく、強制結婚は、結婚として認められな
い。それどころか、重罪犯になる。いずれ刑期を終える前にはわかることだろうがね。僕
の見るところでは、君にはまず十年かそこいら、ゆっくりこの問題を考える時間がある
よ。カラザズ君のほうは、ピストルなんかポケットから出さないほうがよかったね」
「今になって、そう思いますよ。しかしねえ、ホームズさん、あの人を守るために、どれ
ほど用心をしていましたことか……私は彼女を愛してるんです、愛とはどんなものか、こ
の年になって初めて知りました。南アフリカでも名うての悪漢の手にかけられ、自由にさ
れるのかと思うと、もう気も狂わんばかりでした。あの男、ウッドリの名はキムバリーか
らヨハネスバーグにかけて、鬼よりこわいんです。ホームズさんは本気になさらないかも
しれませんが、彼女が私の屋敷に来るようになってからというものは、一度だって近所を
ひとりで行かせたことはないんです。悪漢どもが、この家を窺 うかが っていることを知ってい
ましたから、間違いのないよう、必ず自転車で後をつけたんですよ。もちろん、彼女との
間隔は常にとっていましたし、顎鬚 あごひげ もつけていましたから、彼女にはわからなかったで
しょう。何しろ賢くて、元気のいい娘さんですので、田舎道でこんなことをしていること
がばれたら、すぐやめてしまうでしょうからね」
「なぜ危いことを本人に伝えなかったんですか?」
「でも、やはり……知らせれば、帰って行ってしまうでしょう? それが僕には耐えられ
なかったんです。たとえ彼女の愛は得られなくても、彼女が家にいてくれて、あの優美な
姿を見たり、あの美しい声を聞くだけでも、僕にはどれほどの喜びだったかしれないんで
す」
「ねえ、カラザズ君。君はそれを愛というが、それは身勝手というもんだよ」私は言っ
た。
「その両方だったでしょう。でも彼女を手離す気にはなれませんでした。こいつらの手も
ありますし、誰か、彼女の近くにいて守ってやる必要があったのです。そこへ海底電報が
来て、この連中がきっと何か始めると思いました」
「何の電報です?」
カラザズはポケットから電報をとり出した。
「これです!」
それは簡潔きわまるものだった。
……老人死ス
「ふうむ、だいぶはっきりしてきた。お言葉どおり騒ぎ始めたでしょうね。どうせ待つ間
があるわけだから、君からできるだけ説明を聞きたいですな」とホームズが言った。これ
を聞いて、白い法衣姿の老いぼれ悪漢は悪罵 あくば を連発し始めた。
「くそっ! おいボブ・カラザズ、ひと言でも俺たちのことをしゃべってみろ! ジャッ
ク・ウッドリと同じ目にあわせてやるぞ! てめえが気のすむまで、あの娘っ子のことを
さえずるのは結構だ、俺たちの知ったこっちゃねえ。だがな、もし仲間を売って、俺たち
のことを、この私服の刑事 デカ にばらしてみろ、おめえ、ひでえ目にあうぞ!」
「牧師さん、そう興奮することはないですよ」ホームズはゆくり煙草に火をつけた。「こ
いつぁ、明らかに君にとって不利だよ。こうやって聞いているのは、僕自身の好奇心から
二、三の点が知りたいからだ。もし君たちのほうで話しにくいと言うんだったら、僕がお
話ししよう。そうすれば、どこまで君たちが隠しおおせるものか、わかるだろうよ。まず
第一に、君たち三人は……つまり君、ウィリアムスンとそちらのカラザズとウッドリの三
人は、この仕事のために南アフリカから帰って来た」
「うその第一号だ」老いぼれが言った。「ふたりとは二か月前、知り合ったばかりだ。そ
れに俺あアフリカなんぞ行ったことはないぞ。そんな寝言はお前のパイプにつめて、煙に
してしまえ、ええ、オセッカイ・ホームズさんよ」
「この男の言うのは本当です」カラザズが言った。
「よし、じゃあ、二人が帰って来た。牧師さんのほうは国産品というわけだ。で、君たち
は南アフリカでレイフ・スミス氏を知っていた。しかも彼はもう老いさき短いこともわ
かっていた。彼が死ねば、姪 めい が遺産を相続することを知った。どうです、ええ?」
カラザズはうなずき、ウィリアムスンはうなった。
「ミス・スミスが最近親 さいきんしん で、老人が遺言状を書かないのもわかっていた」
「読み書きできなかったんです」カラザズがつけたした。
「だから、君たち二人は、はるばるやって来て、彼女を探した。二人のうち一人が彼女と
結婚して、もひとりがその分け前をもらうというたくらみですね。何かの理由で、ウッド
リが彼女の夫になると決まった。何でそう決まったんです?」
「船の中で、彼女を賭 か けてトランプをやったんです。ウッドリが勝ちました」
「なるほど、で、君が彼女を雇い込んで、ウッドリが求婚することになったが、彼女は彼
が酔っぱらいの恐ろしい男であると見抜いて、相手にしようとしなかった。一方、悪い仲
間のご当人が彼女に惚れ込んでしまって、計画が台なしになろうとした。彼女を悪漢のも
のにされるなんて、耐えられなくなってきたんだね」
「もちろんですよ、どうしてあんな奴に……」
「そこで内輪もめがおきた。ウッドリは憤 おこ って君のところを飛び出し、君なんかかまわ
ずに、自分だけの計画をたて始めた」
「驚いたねウィリアムスン。僕らの話すことがなくなりそうだよ」カラザズは苦笑した。
「そうです、言い争って、僕が殴り倒されたんです。これで僕らはあいこになったわけで
す。その後、彼の姿を見ませんでした。そのころ、この職あぶれ牧師様に出会ったんで
しょう。二人が、彼女が駅へ行く道筋にあたるこの家で生活を始めたので、何かよからぬ
ことを企んでいると思い、彼女から眼を離さなかったのです。彼らの動向が知りたかった
もんですから、ときどき彼らと会っていました。二日前、ウッドリがこの海底電報を持っ
て、僕の家へやって来ました。見るとレイフ・スミスが死んだとのしらせです。この取り
引きにお前も一枚加われと言いますから、いやだと断わりました。すると、お前があの娘
と結婚してもいいから、分け前だけはよこせと言うんです。そうしたいんだが、本人が承
知しそうにないと答えたんですが……するとあいつはこう言うんです。
『ともかく、無理に結婚さしてしまおう、しばらくすりゃ、少しは気持も変わってくる
だろう』って……私が暴力なんかいやだと答えますと、何か口ぎたなく罵 のの しっていまし
たが、いつか俺のものにしてみせると、毒づいて帰りました。いっぽう彼女のほうは今週
限りでやめることになりましたので、駅まで送りとどけるつもりで軽馬車をもとめまし
た。でもまだ不安なので、自転車で後を追って来たのです。しかし馬車はずいぶん前を
走っていましたので、僕が追いつく前にやられてしまったんです。あなたがたが彼女の馬
車でやって来るのを見て、初めて、それと知ったわけです」
ホームズは腰をあげると、煙草の吸殻 すいがら を暖炉のなかに投げ込んだ。「ワトスン君、僕
もずいぶん鈍かったよ」と口をきった。「君の報告のなかで、自転車乗りの男が、茂みの
中でネクタイを直したという、あのことだけですべて説明がついたのになあ。しかしま
あ、この事件は奇妙なもので、ある点ではまったく特異なものだったから、それだけで満
足すべきなんだろうね、管轄署 かんかつしょ の連中がふたり、門を入って来たね。それに、結構な
ことにあの小さい馬丁君も元気に歩いて来るようだ。どうやら馬丁君も、興味ある花婿殿
も、今朝の冒険で生命を失うこともなかったわけだ。
ところでワトスン君、君は医者として、スミスさんについていてくれないか、そして、
充分回復したようだったら、お母さんの家までお供しますと伝えてくれ。もしまだよくな