あっしゃあこれを胸にしまって、成りゆきを待ったがね。スコットランドへ帰りついて
も、うまく揉 も み消したらしく、誰もきくものはいねえ。知らねえ奴がひょっくり死んで、
今さら何のかんのと騒いでも始まらねえ。まもなくピーター・ケアリは船乗りをやめて、
陸 おか へ上がったまま、だいぶ探したが居所がわからなかった。あっしゃあ、箱の中味のた
めにあんな事をやらかしたと睨 にら んだんだが、それならそれで、口止め料はたんと出せね
えはずもないんだ。
ふとロンドンで出会った船員の口から奴の居場所を聞きつけて、早速しぼりに行ったの
さ。最初の晩はいやに話せるふうで、あっしが船乗りの足を洗うだけのものは出してやる
と言ったんだ。翌晩、話をきめに行くてえと、もう少しでべろべろというまで酔っぱらっ
てて、気が荒れえのさ。ふたりでまたやりながら昔話をやったんだが、あいつが酔ってく
るにつれて、その面 つら がますます気に食わねえ。見るてえと、壁に銛がかかっている。こ
いつあ話のすまねえうちに、こいつがいるかなと思ったが、果たして野郎、食ってかかっ
てきた。わめきたてるやら毒づくやら、殺気をおびた目つきで、でっけえ折りこみナイフ
を手にとった。
仕方がねえ、鞘も払わせねえで、一発銛を射ち込んでやったさ。あのときのうめき声と
いったら! 奴の面が一日じゅう目の前をちらついてるんだあ! あっしゃあ、返り血を
浴びたまま、しばらく突っ立っていたが、あたりはまったく静かなんだ。それで元気を取
り戻したよ。部屋の中を見まわすと、あのブリキ箱が棚の上に乗ってる。奴と同じに俺
だって権利があるんだから、こいつを失敬して小屋を出た。何てこった、テーブルの上に
煙草入れを忘れたんだ!
いや、話はこれからさ、まったくおかしなことがあったんでさ……小屋を出たとたん、
足音を聞きつけた。いけねえっ、てんで叢 くさむら の中に隠れたんだ。どこの馬の骨だか知らね
えが、こそこそやって来て、小屋に入った。と、まるでお化けでも見たように、ギャッと
声をあげて一目散、全速力で消えちまった。どこの誰が何しに来たのか知らねえが、おっ
たまげたにちげえねえ。あっしのほうは十マイル歩いて、タンブリッジ・ウェルズから汽
車に乗り、ロンドンに帰ったが、誰にも見とがめられなかった。
ところで、その箱を調べてみるてえと、中にはびた一文入ってなくて、紙屑みたいな株
券ばかりさ。売るわけにもいかねえ、頼みの綱のピーターは失うし、ロンドンで座礁 ざしょう し
ちまって、飯の食いあげさ。こうなりゃ、この商売に帰るしかねえ。銛打ちをいい賃金で
雇うという広告を見て、これ幸いと回漕屋へ行ってまわされて来たのがここってえわけ
だ。さあ、話は済んだ。もう一度言っておきますがね、あっしゃあ、ピーターをやっつけ
たんで、お上 かみ からお礼を頂きてえくらいだ。麻縄一本分節約させてやったんだからね」
「いやあ、実にはっきりした話だ」ホームズは立ち上がって、パイプに火をつけた。「ホ
プキンス君、さっそくこの大将を安全な場所に移してもらいたいね。この部屋は監房には
向かないんでね。しかも、パトリック・ケアンズ君に、こう、絨毯 じゅうたん を占領されちゃど
うにもならんからね」
「ホームズさん、何と言っていいか、お礼の言葉もありません。こうなってもまだ、どう
してあなたがこの結果を得られたのかわからないんです」
「運よく最初に正しい手掛りをつかんだだけだよ、僕だって、この手帳をもっと早く知っ
てたら、君と同じように考えを外 そ らされていたかも知れないよ。しかし、僕が調べたもの
はすべてひとつの方向を示していた。驚くべき力、銛の使いこなしのうまさ、ラム酒と
水、アザラシ皮の煙草入れに質の悪い煙草……これらはみんな船員、しかも捕鯨船員を示
しているからね。P・Cという煙草入れの頭文字はピーター・ケアリにも一致するが、そ
うではないと信じていた。彼は煙草はやらなかったし、しかも小屋にはパイプがなかっ
た。君、覚えてる? 僕がラム酒のほかにウイスキーやブランデーがなかったかと聞いた
のを……そしたらあったと言ったね。そういうのがそばにあるのに、ラム酒ばかり飲むよ
うな男は陸にはほとんどいないよ。だから僕は船員と断定した」
「では、どうしてこの男を探したんですか」
「こいつあ、君、いとも簡単だよ。船員だとすれば、考えられるのはシー・ユニコンの乗
組員だけだ。調べのついた限りでは、ケアリは他の船には乗っていない。ダンディ港との
電報のやりとりで三日かかったが、最後にあの年のシー・ユニコン号乗組員の名簿をつき
とめた。そのなかに銛打ちパトリック・ケアンズの名を見つけたとき、僕の調査も、もう
終わりだと思ったよ。この男は多分いまロンドンにいて、高飛びをねらってる、とにらん
だ。だから二、三日、イースト・エンドに通い、北極探検という名目をつくって、すぐに
飛びついてきそうな条件で銛打ちを募ったのさ、バジル船長の部下になるものということ
でね……結果はご覧の通りさ」
「すばらしい、実にうまい!」
「そんなこと言ってないで、できるだけ早くネリガン釈放の手続きを取りたまえ。ネリガ
ンに謝罪しなければならんだろうが、あのブリキ箱を返してやるんだね、もちろん、ピー
ター・ケアリが売った分は永久に返らないがね。……馬車が来たようだ、じゃこの男を連
行してくれ。もし裁判で僕の証言がいるようなら、僕とワトスン君の居所はノルウェーの
どこかになるだろうが……くわしいことは、いずれ手紙でお知らせするよ」