逮捕されたあと、シンプスンは取り調べに素直に応じ、ダートムアまで足を運んだのは
キングス・パイランドの二頭と、ケイプルトン廏きゆう舎しやでサイラス・ブラウンが調
教している二番人気のデズバラについて、情報がほしかったからだと供述した。前の晩の
行動についても否定しなかったが、悪意はこれっぽっちもなく、現場の情報をじかに仕入
れようとしただけだと主張している。しかし、例のスカーフを突きつけられるとにわかに
顔色が変わり、それが殺された男の手に握られていたことについては筋の通った釈明がで
きなかった。服が濡ぬれていたので、深夜の大雨の中で戸外にいたことは明らかだ。しか
も彼のステッキは丸いこぶ状の握りに鉛が仕込んであり、それで繰り返し殴打されれば、
ストレイカーのように頭ず蓋がい骨こつが砕けてもおかしくない。
ところが矛盾する事実もあって、ストレイカーが握っていたナイフは血みどろだったに
もかかわらず、シンプスンの身体には傷が一箇所もなかった。犯人はたとえ複数だとして
も、一人は必ずどこかに傷を負っているはずだ。さあ、ワトスン、これで事件のあらまし
はすべて話した。なにか気がついた点があったら指摘してくれないか? 参考になると思
うから」
ホームズのいつもながら明快な説明に、私は興味津々に聞き入っていた。大半はすでに
知っている事実だったが、それぞれがどのくらい重要で、互いにどう結びついているのか
は、ホームズの話でようやくわかってきた。
「こうは考えられないかな」私は意見を述べてみた。「ストレイカーの太腿の傷は、本人
が頭部に致命傷を食らってもがいているときに、自分のナイフで切りつけたものかもしれ
ない」
「大いにありうるね。うん、ありうるよ」とホームズ。「その場合は、容疑者のシンプス
ンにとって有利な材料がひとつ減るわけだね」
「それにしても、警察の見解がいまひとつわからないな」
「僕らの見解とは百八十度異なることは確かだね。おそらくこう考えているんだろう。シ
ンプスンはハンターの食事に薬物を混ぜ、なんらかの方法で手に入れた合い鍵かぎで廏舎
のドアを開け、誘拐目的で馬を連れ去った。手綱がなくなっていたのは、シンプスンが馬
につけたからだろう。で、彼はドアを開け放したまま、馬を連れて逃げようとしたが、荒
野を横切る途中で調教師に出くわしたか、追いかけられてつかまるかした。当然ながら格
闘が始まり、ストレイカーは小型ナイフで必死に応戦したが、シンプスンは傷ひとつ負わ
ず、重いステッキで相手の頭を叩たたき割った。馬はシンプスンにどこか秘密の場所に隠
されているか、格闘の最中に逃げだして、今頃は荒野をさまよい歩いているかのどちらか
である。まあ、警察の見解はだいたいこんなところじゃないかな。かなり無理のある解釈
だが、ほかの解釈はもっと無理があるからね。とにかく、現場に着いたらさっそく捜査に
かかろう。現時点ではこれ以上はなにもつかみようがないよ」
タヴィストックに到着したときには、もう日が傾いていた。盾たての中心にある突起の
ように、広大なダートムアの真ん中にぽつんとできた小さな町である。駅では二人の紳士
が迎えてくれた。一人は背の高い、ライオンのたてがみのような髪と顎あごひげの色白の
男で、薄青色の目が射るような視線を放っている。もう一人は小柄で機敏そうな男だ。フ
ロックコートにゲートルというこざっぱりとした身なりで、短めの頰ひげをきちんと刈り
こみ、片眼鏡をかけている。この男がスポーツマンとして知られるロス大佐で、長身の男
のほうはイギリス警察で近頃めきめきと頭角を現わしているグレゴリー警部だった。
「わざわざご足労いただき、まことにありがとうございます、ホームズさん」ロス大佐が
言った。「こちらの警部さんが全力で捜査にあたってくれていますが、気の毒なストレイ
カーの無念を晴らし、大事な愛馬を取り戻すため、あらゆる手を尽くしたいのです」
「なにか新たにわかったことはありますか?」ホームズが訊きく。
「残念ながら、進展はほとんどありません」警部が答えた。「馬車を用意してあります。
日が暮れる前に現場をご覧になりたいでしょうから、詳しい話は馬車の中でということ
に」
間もなく私たちは折りたたみ式の幌ほろがついた乗り心地のいい四輪馬車に揺られ、デ
ヴォンシャーの古びた情緒ある町並みを進んでいった。グレゴリー警部は事件について夢
中でしゃべり続けていたが、ホームズのほうはときおり質問をはさんだり相づちを打った
りする程度だった。ロス大佐は帽子を目深にかぶって腕組みをし、座席の背にもたれてい
る。私は警官と探偵の会話を興味深く聞いていた。グレゴリー警部が述べた見解は、汽車
の中でホームズが私に語った予想とほぼ一致していた。
「捜査の的はフィッツロイ・シンプスン一人に絞られつつあります」警部はきっぱりと
言った。「犯人はあの男にまちがいないですよ。もっとも、現在のところ状況証拠ばかり
ですから、新事実によってすべてがひっくり返されることもないとは言えませんがね」
「ストレイカーのナイフについて、どうお考えですか?」
「転倒したはずみで自分で傷つけた、という結論に達しています」
「ここへ来る途中、友人のワトスン博士からも同じ指摘を受けました。もしそうだとすれ
ば、シンプスンはますます不利な立場になりますね」
「そのとおりです。やつはナイフを持っていませんでしたし、傷もひとつも負っていませ
ん。あの男にとって不利な証拠は強力なのがいろいろとそろっています。まず、一番人気
の馬が行方不明になったことで、多大な利益を得ます。馬丁に一服盛った疑いは濃厚です
し、大雨の晩に外に出ていたことも明らかです。さらには重いステッキを持ち歩き、やつ
のスカーフが被害者の手に握られていた。これだけあれば、裁判で有罪に持ちこむには充
分でしょう」
ホームズは首を振った。「腕利きの弁護士にかかったら、残らず木っ端みじんですよ。
たとえば、シンプスンはなぜ馬を廏舎から連れだしたのか? 怪我をさせることが目的な
ら、その場でやれたはずです。それから、所持品の中に廏舎の合い鍵はあったのか? 粉
末アヘンはどこの薬局で買ったのか? なにより不思議なのは、土地勘がないにもかかわ
らず、あれだけ有名な馬をどうして隠すことができたか? そうそう、彼が馬丁に渡して
くれとメイドに頼んだ紙切れですが、シンプスン本人はどう説明しているんですか?」
「十ポンド紙幣だと言っています。財布に一枚入っていました。しかし、今挙げられた問
題点はさほど手強くはないですよ。シンプスンは土地勘がまったくないわけではありませ
ん。夏に二度、タヴィストックに滞在したことがあります。粉末アヘンはロンドンで買っ
たんでしょう。合い鍵は用済みになったので捨てたのかもしれません。それから馬は、荒
野の窪くぼ地ちの底か廃坑にでも倒れているんじゃないでしょうか」
「スカーフについて、本人はどう言っていますか?」
「自分のものであることは認めましたが、なくしたんだと主張しています。しかし、やつ
が廏舎から馬を連れださねばならなかった理由は説明できますよ。新たにわかったことが
ありましてね」
ホームズは耳をそばだてた。