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入院患者(1)

时间: 2024-02-01    进入日语论坛
核心提示:入院患者 私はこれまで、友人シャーロック・ホームズの思考能力がいかに卓越しているかを世間に少しでも伝えたいと、ややまとま
(单词翻译:双击或拖选)

入院患者

 私はこれまで、友人シャーロック・ホームズの思考能力がいかに卓越しているかを世間

に少しでも伝えたいと、ややまとまりのない回想録を書きつらねてきた。今それをひとと

おり眺めてみて、しみじみ実感するのは、目的にあらゆる面でかなう事例を選びだすのは

けっこう難しいということだ。なぜならば、たとえホームズが分析や推理で鮮やかな離れ

業を演じ、独特の捜査方法が大成功をおさめたとしても、その事件が小粒だったり凡庸

だったりすると、わざわざ巷ちまたに広めるべきものかどうか二の足を踏んでしまうから

である。それとは逆に、比類なき派手な事件ではあるが、その真相究明でホームズが果た

した役割は、彼の伝記作者である私が望むほどめざましいものではなかったという場合も

しばしばだった。たとえば『緋ひ色いろの研究』という題で私が記したささやかな物語

と、もうひとつ、そのあとに発表したグロリア・スコット号の失しつ踪そうにまつわる奇

き譚たんは、伝記作者にまさしく板ばさみの苦しみを味わわせる事件だ。これから紹介し

ようとする事件も、ホームズの演じた役柄はあまり華やかではないのだが、全体を構成す

る事柄がどれも非常に珍しいので、事件簿からはずすのはあまりに惜しいと思った次第で

ある。

 備忘録の一部をなくしてしまったため、いつのことだったか正確にはわからないが、

ホームズと私がベイカー街で同居するようになってから一年が経とうとしていたのははっ

きり覚えている。荒天に見舞われた十月のある日のことで、二人とも一日中部屋に閉じこ

もっていた。私は体調がすぐれなかったので秋の厳しい風にあたりたくなかったし、ホー

ムズは難解な化学実験に取り組んでいたからだ。普段のホームズはいったん実験に熱中す

ると、終わるまでやめないのだが、夜になって試験管が割れてしまい、中断を余儀なくさ

れた。彼は残念そうに顔を曇らせ、椅子からぱっと立ちあがった。

「今日一日の苦労が水の泡だよ、ワトスン」そう言って大おお股またで部屋を横切り、窓

辺へ行った。「おやっ、星が出ている。風もおさまったようだ。どうだい、ちょっと街を

ぶらついてみないか?」

 狭い居間にこもりきりでうんざりしていた私は、これ幸いと誘いに応じ、夜の冷気を避

けるためマフラーで鼻までしっかりと覆った。私たちは三時間ばかり街をぶらぶら散歩

し、潮の満ち引きのごとく人々が行き交うフリート街やストランド街を眺め、刻々と変わ

りゆく万華鏡のような光景を鑑賞した。ホームズはすっかり機嫌が直って、いつもどおり

鋭く細やかな観察眼と抜群の推理力をまじえた個性的なおしゃべりで、私を大いに楽しま

せてくれた。ベイカー街へ帰り着いたときには十時を少し過ぎていたが、玄関前に四輪馬

車が停まっていた。

「ふむ! 医者の馬車だな。開業医だろう」ホームズは言った。「医院をかまえてまだ日

が浅いが、だいぶ繁盛していると見える。相談事があって来たにちがいない。いいところ

へ戻ったぞ」

 ホームズのやり方は充分心得ているから、それらの結論に至った経緯は容易にたどれた

し、馬車の中には車内灯に照らされて、さまざまな医療器具の入った枝細工のかごがぶら

下がっているのも見えた。ホームズはその種類や状態をもとにすばやく推理したのだろ

う。二階の私たちの窓に明かりがともっているので、この夜の訪問客は私たちが目当てで

あることもはっきりしている。こんな夜更けに同業者が持ちこんできた相談事とはいった

いなんだろう。私は好奇心をかきたてられつつ、ホームズのあとから部屋に入った。

 私たちを待っていたのは、砂色の頰ひげを生やした青白い細面の男で、すぐに暖炉のそ

ばの椅子から立ちあがった。年齢はまだ三十三、四だろうが、やつれた表情や不健康な顔

色からすると、どうやら若さも精力もはぎとられてしまうような生活を送っているらし

い。神経過敏になっているのか、態度もおどおどして落ち着きがない。立ちあがるときに

暖炉に置いた白くてほっそりとした手は、医者というより芸術家を思わせる。服装は地味

でおとなしく、黒いフロックコートに黒っぽいズボン。ネクタイだけがわずかに彩りを添

えている。

「こんばんは、先生」ホームズは気さくに挨あい拶さつした。「お待たせしたのはほんの

数分だったようで、ほっとしましたよ」

「うちの御者からお聞きになったんですか?」

「いいえ、そこのサイドテーブルのろうそくが教えてくれたんですよ。どうぞおかけくだ

さい。お話をうかがいましょう」

「医師をしているパーシー・トレヴェリアンです。ブルック街の四〇三番地に住んでいま

す」

「原因不明の神経障害に関する論文をお書きになりませんでしたか?」私は訊いた。

 自分の業績を知っている者がいて嬉うれしかったのだろう、トレヴェリアン医師の青ざ

めた頰に赤みが差した。

「まったく反響がなかったので、忘れ去られたものと思っていました。版元にもさっぱり

売れていないと言われていますし。もしや、あなたも医学関係者ですか?」

「退役した軍医ですよ」

「わたしはずっと神経の病気を研究してきました。その道の専門家になることを目指して

います。しかし、まずは目の前の仕事をこつこつやっていくしかありませんね。いや、こ

んなことを話している場合じゃない。シャーロック・ホームズさん、あなたの時間を無駄

にするわけにはいきませんので、本題に入ります。実はブルック街の自宅でこのところ奇

妙なことが続けざまに起きていたのですが、今夜の出来事でもう限界だと思いました。

ホームズさんに相談して、お力添えをいただかないことには、一時間だって持ちこたえら

れません」

 ホームズは腰を下ろしてパイプに火をつけた。「ご相談にも乗りますし、力添えもして

さしあげます。まずはお困りの事情について詳しく説明してください」

「取るに足らない出来事も混じっているので、お恥ずかしいのですが、なにがなんだか

さっぱりわかりませんし、最近になって事態はますます込み入ってきました。まずは一切

合切お話しして、どれが重要で、どれがそうでないかのご判断はホームズさんにお任せし

たいと思います。

 話は学生時代のことから始めたほうがいいでしょう。わたしはロンドン大学の卒業生で

す。自慢話に聞こえそうですが、在学中は教授陣から将来有望と期待されていました。卒

業後はキングス・カレッジ付属病院にささやかな職を得て、引き続き研究に打ちこんでい

ました。幸いにも強硬症に関するわたしの研究がちょっとした話題を呼び、さきほどそち

らの方がおっしゃった神経障害に関する論文では、ブルース・ピンカートン賞とメダルを

授与されました。自分で言うのもなんですが、当時はまわりから前途洋々たる人物と見な

されていたのです。

 ところが、元手不足という大きな壁にぶつかってしまいました。容易にご想像がつくか

と思いますが、著名な専門医を目指すなら、十本ほどの通りがあるキャヴェンディッ

シュ・スクエア界かい隈わいで開業すべきでしょう。しかしそれには家賃や設備費などに

桁けた外れの出費をともないますし、そうした初期費用のほかに、軌道に乗るまで数年か

かるはずですから、そのためのたくわえや、見栄えのする馬車や御者の維持費も用意しな

ければなりません。わたしの力ではとうてい無理です。しかたない、十年後くらいの開業

を目指して、しばらくは節約しながらこつこつ貯金していこうと考えていました。ところ

が、思いがけないことが起きて、突然道が開けたのです。

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