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グロリア・スコット号(2)_シャーロック・ホームズの回想(回忆录)_福尔摩斯探案集_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示: ワトスン、あのときはヴィクターも僕も青ざめたよ。幸い、介抱したら間もなく意識を取り戻したがね。襟もとをゆるめて、フィン
(单词翻译:双击或拖选)

 ワトスン、あのときはヴィクターも僕も青ざめたよ。幸い、介抱したら間もなく意識を

取り戻したがね。襟もとをゆるめて、フィンガーボウルの水を顔に振りかけると、うーん

とうめいてから起きあがったんだ。

『いやはや、まいった!』老人は無理に笑って言った。『びっくりさせてしまったな。丈

夫そうに見えるかもしれんが、心臓が弱くてね。ちょっとしたことで卒倒してしまう。そ

れにしてもホームズさん、あなたの腕前には恐れ入った。実在の探偵だろうと小説に登場

する探偵だろうと、あなたに比べれば赤子も同然、足もとにも及びませんよ。これはあな

たの天職だ。多少は世間を知っている者が言うんですから、まちがいありませんぞ』

 実はね、ワトスン、そのように過分なおほめにあずかったうえ、天職とまで言っても

らったことが、この道に入るきっかけになったんだ。それまでは単なる余技だったもの

を、うまくすれば職業にできるかもしれないと、初めて希望を抱いたわけだ。もっとも、

そのときはゆっくり考えている暇はなかったがね。招待主の突然の発作が気がかりでなら

なかったから。

『僕の言葉でつらい思いをさせてしまったんでしょうか?』と老人に尋ねた。

『まあ、急所を突かれたことは事実ですな。どこまでご存じなんです? 気になります

な』冗談めかした口調だったが、目の奥にはまだ恐怖の色がにじんでいた。

『簡単なことなんです。釣った魚をボートに引きあげようと腕まくりなさったとき、肘ひ

じの関節のあたりにJ・Aと彫られたタトゥーが見えたんです。文字はまだ読めました

が、かなり薄れていて、まわりの皮膚に消そうとした痕あとが残っていました。となる

と、その頭文字の持ち主は、昔は非常に親しかったものの、のちに忘れたいと思った人に

ちがいありません』

『めざといですな!』トレヴァー老人は安あん堵どのため息をついた。『おっしゃるとお

りですよ。まあ、しかし、その話はやめましょう。亡霊にもいろいろあるが、昔の恋人の

亡霊ほど煩わしいものはありませんからな。ビリヤード室で、静かに葉巻でもいかがです

か?』

 その日を境に、トレヴァー老人の僕に対する態度は変わった。親切ではあるんだが、ど

こか疑心暗鬼の様子でね。それには息子のヴィクターも気づいて、こう言ったよ。『親父

はよほどびっくりしたんだろうね。きみにいったいどこまで知られているんだろうと、気

になってしょうがないみたいだ』

 もちろんトレヴァー老人のほうは態度に表わすつもりなどなかったはずだが、ショック

があまりに強烈だったせいで隠しきれなかったんだろう。このままでは不安をあおる一方

だと思い、僕は滞在を途中で切りあげることにした。ところが、屋敷を去る前日にある出

来事が起こり、後日それが重大な問題とわかったんだ。

 それは、三人で芝生のガーデンチェアに座り、日光浴をしながら沼沢地の風景を楽しん

でいたときのことだった。メイドが庭に出てきて、トレヴァー氏に会いたいと言って男が

訪ねてきていると告げた。

『名前は?』トレヴァー老人が訊きいた。

『おっしゃいません』

『では、用件は?』

『旦だん那なさまのお知り合いで、少しだけお話しなさりたいそうです』

『ここへ通しなさい』

 間もなく現われたのは、しなびたような小男で、縮こまってのそのそと歩いていた。服

装は袖そでにタールのしみがついた襟なしジャケットに、赤と黒のチェック柄シャツとダ

ンガリーのズボンで、重そうな靴は履きつぶしてぼろぼろだった。瘦やせこけた浅黒い顔

にはずる賢そうなにやにや笑いが貼りつき、口もとからは黄ばんだ乱らん杭ぐい歯ばがの

ぞいている。しわだらけの手は船乗り特有の、軽く拳こぶしを握っているような手つき

だ。この男が前かがみで芝生の向こうから近づいてくると、トレヴァー老人は喉のどから

引きつった声を漏らし、椅子から飛びあがって大慌てで家の中へ駆けこんだ。じきに戻っ

てきたが、そばを通りかかったときにブランデーの臭いをぷんぷん放っていたよ。

『はて、なんの用かな?』老人は言った。

 船乗りはにやにや笑いを浮かべたまま、目をすがめて相手を見つめた。

『おれを覚えてねえんですか?』

『ああ、ハドスンか!』トレヴァー老人はさも驚いたというように声をあげた。

『ええ、ハドスンですよ、旦那。あれから三十年以上も経ったとはねえ。旦那は豪華なお

屋敷をかまえておいでだってのに、こっちはいまだに船上で桶おけから塩漬け肉をつまん

でるとはね』

『おい、よさないか。昔のことは忘れておらんよ』トレヴァー老人は船乗りに近寄って、

低い声でなにやら耳打ちし、そのあと大きな声で言った。『台所へ行け。食べ物も飲み物

もどっさりある。なんだったら仕事も見つけてやろう』

『そいつはありがてえや』船乗りは前髪に手をやった。『ちょうど陸おかに上がったばっ

かりでしてね。人手不足の不定期貨物船で二年もこき使われたんで、いいかげんのんびり

してえんですよ。それでベドウズさんか旦那か、どっちかにおすがりしようと思ってたん

でさ』

『なんだと!』トレヴァー老人は驚いて言った。『ベドウズさんの居所を知っておるの

か?』

『ええ、知ってますとも。昔の仲間の居所は全部ね』

 男は不吉な笑いを浮かべて答えると、身をかがめてメイドのあとから台所へ向かった。

トレヴァー老人は、金の採鉱地へ戻るときに同じ船に乗り合わせた男だとかなんとか独り

言のように説明してから、僕らをその場に残して家の中へ入っていった。一時間後に僕ら

が中へ戻ると、船乗りは泥酔してダイニングルームのソファにだらしなく寝そべってい

た。実に不快な出来事だったので、翌日ドニソープを去るときはせいせいした気分だった

よ。僕がいるとヴィクターは決まり悪い思いをしそうだったしね。

 ここまでは長い夏休みの最初の一カ月のことだ。ロンドンの下宿に戻ると、一カ月半ほ

ど有機化学の実験に打ちこんだ。ところが、秋になって休暇がそろそろ終わろうかという

とき、ヴィクターからドニソープに戻ってほしいと懇願する電報が舞いこんだ。相談に

乗ってくれ、どうか手を貸してくれ、というせっぱ詰まった文面だった。僕は取る物もと

りあえず、大急ぎで駆けつけたよ。

 駅にはヴィクターが二輪馬車で迎えにきていた。彼にとってこの二カ月間がどんなにつ

らいものだったかは、一目見れば充分に察せられた。やつれきって、持ち前の快活さや張

りのある声は影も形もなかったんだ。

『親父が死にかけてる』彼は開口一番に言った。

『なんだって! いったいどうした?』

『卒中の発作を起こしたんだ。精神的ショックからだろう。ずっと危篤状態に陥ってる。

帰ったときには、もう生きていないかもしれない』

 ワトスン、言うまでもないが、その予期せぬ知らせに僕は凍りついた。

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