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入院患者(5)

时间: 2024-02-01    进入日语论坛
核心提示:「筋肉の硬直状態から推定すると、死後三時間くらいだろう」私は口をはさんだ。「室内になにか変わった点は?」ホームズが警部に
(单词翻译:双击或拖选)

「筋肉の硬直状態から推定すると、死後三時間くらいだろう」私は口をはさんだ。

「室内になにか変わった点は?」ホームズが警部に訊きく。

「洗面台でねじまわしが一本と、ねじが数個見つかりました。それから、夜中にだいぶ煙

草を吸ったようです。暖炉から葉巻の吸い殻が四つ出てきました」

「ほう! 葉巻ホルダーは?」ホームズが尋ねた。

「いえ、見あたりません」

「じゃあ、葉巻ケースは?」

「それはありました。上着のポケットに」

 ホームズは葉巻ケースの蓋ふたを開け、一本だけ残っていた葉巻の匂いを嗅かいだ。

「ふむ、ハバナ葉巻だね。しかし吸い殻のほうはオランダが東インド諸島の植民地から輸

入している特殊な種類だ。通常は麦わらにくるんであって、ほかの銘柄よりも細い」

 四本の吸い殻を拾いあげ、携帯用の拡大鏡で調べ始めた。

「二本はホルダーを使って吸い、ほかの二本はじかに口にくわえている。それから、二本

は先端をあまり切れ味の良くないナイフで切り落としてあり、残り二本はかなり丈夫な歯

で嚙かみ切ってある。ラナー警部、これは自殺なんかじゃない。巧妙に仕組まれた、冷酷

な殺人だ」

「ありえませんよ!」警部が叫ぶ。

「どうして?」

「わざわざ吊るし首にして殺す理由が、いったいどこにあるんです?」

「それをこれから突きとめなければ」

「だいいち、犯人はどうやって侵入したんです?」

「表玄関からだよ」

「しかし、朝はかんぬきがかかっていましたよ」

「犯人が出ていったあとでかけたんだろう」

「どうしてわかるんです?」

「足跡を見つけたからさ。もう少し待ってくれ。すぐに詳しく説明するから」

 ホームズはドアへ歩み寄り、錠をまわしながら念入りに調べた。そのあと錠の内側に差

してあった鍵かぎを抜き、やはりそれも注意深く調べた。続いてベッドや床のカーペッ

ト、椅子、マントルピース、死体、さらにはロープも順番に検分した。心ゆくまで調べ終

わると、私と警部も加わって変わり果てた姿の男を下ろし、シーツをかぶせた。

「このロープはどうしたんだろう?」ホームズが訊く。

「ここから切ったものです」トレヴェリアン医師が答え、ベッドの下から輪になったロー

プの大きな束を引っ張りだした。「ブレッシントンは火事を病的なほど恐れていて、いつ

もそばにこれを置いていたんです。階段に火がまわっても窓から避難できるように」

「犯人にすれば、おかげで手間が省けたというわけだ」ホームズが思案顔で言った。「事

実はきわめて単純です。犯行の動機についても、午後までに必ず解明してみせます。マン

トルピースの上にあるブレッシントンの写真をちょっと拝借しますよ。捜査に役立ちそう

だ」

「ホームズさん、詳しい説明がまだですよ」トレヴェリアン医師が言った。

「おっと、そうでしたね。実際になにが起きたかはもうはっきりしています。犯人は三人

組です。若い男と年配の男、それから今のところまだ正体がつかめていない未知の人物で

す。最初の二人は例のロシア人貴族の親子に化けたのと同じ連中ですから、人相はもうわ

かっています。三人は家の中にいる共犯者の手引きで侵入しました。警部、雑用係の少年

を早く逮捕したほうがいい。たしか最近雇ったばかりだとのお話でしたね、トレヴェリア

ンさん?」

「実はどこにもいないんです」トレヴェリアンが言った。「メイドと料理人がさっきから

捜しまわっているんですが」

 ホームズは肩をすくめた。

「少年はこの事件でけっこう重要な役割を担っていますよ。三人は二階へこっそり上がっ

ていった。先頭は年配の男、次が若い男、しんがりは正体不明の男──

「おいおい、ホームズ、またいきなりそんなことを」私は思わず口をはさんだ。

「足跡の重なり具合から一目瞭りよう然ぜんだよ。昨夜来たときに調べておいたんだ。

で、連中が二階のブレッシントンの部屋まで来ると、ドアに錠が下りていた。そこで針金

を使って鍵をこじ開けた。拡大鏡で調べるまでもなく、鍵かぎ穴あなの中の突起にこすっ

たときのひっかき傷が残っていた。

 一味は室内に侵入するや、ブレッシントンに猿ぐつわを嚙ませたにちがいない。ぐっす

り眠っていたか、恐怖におののいていたかで、悲鳴をあげる暇などなかったはずだが、た

とえあったとしても壁が厚いので外へは漏れなかっただろう。

 ブレッシントンを縛りあげたあと、犯人どもはなにやら相談を始めた。裁判のまねごと

のようなものだ。葉巻の吸い殻がこれだけ残っているから、けっこう長く続いたんだろ

う。年配の男はそこの籐とう椅い子すにかけていた。葉巻ホルダーを使ったのは彼だ。若

い男は向こうの椅子に座って、葉巻の灰をたんすの抽斗ひきだしにこすりつけて落とし

た。そして三人目の人物は室内をうろうろ歩きまわっていた。ブレッシントンはベッドで

起きあがっていたんだろうが、定かではない。

 さて、相談の結果、三人はブレッシントンを絞首刑にすることにした。あらかじめそう

するつもりで、絞首台用のブロックやら滑車やらを用意しておいたんだろう。警部が洗面

台で見つけたねじまわしとねじは、組み立てに使うつもりだったんじゃないかな。天井に

頑丈そうな鉤がついていたので、またもや手間は省けたわけだがね。処刑を終えて三人が

立ち去ったあと、内部の共犯者が玄関に内側からかんぬきをかけた」

 ホームズが語る、かすかな細かい手がかりから導きだした昨夜の出来事に、全員が真剣

そのものの態度で聞き入った。ていねいな説明ではあったが、彼の推理についていくのは

はなはだ難しかった。警部は少年を捜すため、ただちに部屋をあとにした。ホームズと私

はベイカー街へ戻って朝食をとった。

「三時までに戻るよ」朝食が済むと、ホームズは言った。「警部とトレヴェリアン医師に

もその時刻にここへ来てもらうから、それまでにまだ残っている不ふ明めい瞭りような点

をすべて解明するつもりだ」

 警部とトレヴェリアン医師は約束の時間どおりに来訪したが、ホームズが戻ったのは四

時十五分前になってからだった。しかし部屋に入ってきたときの表情から、万事解決した

らしいとわかった。

「なにか進展は、警部?」ホームズは訊いた。

「少年を引っとらえましたよ」

「それはお手柄。僕も残りの連中をとらえたよ」

「えっ、本当に?」私たち三人は同時に叫んだ。

「少なくとも正体はね。その連中も、それからブレッシントンと名乗っていた男も、思っ

たとおりスコットランド・ヤードに目をつけられていた。三人組のほうはビドル、ヘイ

ワード、モファットという名だ」

「ワージントン銀行の襲撃犯だ!」警部が叫んだ。

「ご名答」

「じゃあ、ブレッシントンはサットンだったんですね?」

「大当たり」とホームズ。

「なるほど、もうわかったぞ」警部は言った。

 だがトレヴェリアン医師と私はきょとんとして顔を見合わせた。

「ワージントン銀行で起きた、あの有名な強盗事件ですよ」とホームズ。「犯人は五人

で、さっきの四人とカートライトなる男が守衛のトービンを殺害し、七千ポンドを強奪し

た。一八七五年のことです。五人とも逮捕されましたが、有罪の決め手となる証拠はそろ

いませんでした。ところが、一番の悪玉だったブレッシントンことサットンが仲間を裏

切った。そして彼の証言によりカートライトは絞首刑に、ほかの三人は懲役十五年に処せ

られた。その三人は先日、刑期を数年残して出獄した。言うまでもなく最初に取りかかっ

たのは、裏切り者を捜しだして、死刑になった仲間と同じ方法で復ふく讐しゆうすること

だった。二度は失敗したが、三度目の正直でとうとう目的を遂げたというわけだ。トレ

ヴェリアン先生、ほかになにか不明な点はありますか?」

「いえ、おかげさまでよくわかりました」医師は答えた。「ブレッシントンが突然おびえ

だしたのは、三人が出所したことを新聞で知ったからでしょうね」

「ええ、そうにちがいありません。近所で強盗があったなどという話は、単なる口実です

よ」

「なぜそれをホームズさんに話さなかったんでしょう?」

「おそらく、昔の仲間の執念深さを知っていたので、自分の正体は誰にも明かしたくな

かったんでしょう。それに、ああいう恥ずべき後ろ暗い秘密ですから、しゃべる気になら

なくて当然です。しかし、そんな悪党でも国の法律に守られてずっと生きていたんです

ね。まあ、結局は法律の盾でも守りきれなかったわけですが、正義の剣がもたらした因果

応報と考えようじゃありませんか、警部」

 こうして、ブルック街の医師と入院患者にまつわる怪事件は決着した。警察の捜査もむ

なしく、三人の殺人犯の所在はいまだつかめていない。数年前にポルトガル沿岸のオポル

トから北へ数リーグの海域で、ノラ・クレイナ号が乗員乗客もろとも行方知れずとなった

が、スコットランド・ヤードはこの不運な汽船に犯人たちが乗っていたのではないかと見

ている。逮捕された少年は証拠不充分で釈放され、〝ブルック街の謎〟と巷ちまたで騒がれ

たこの事件は、現在にいたるまで一度も詳細を公表されなかったのである。

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