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最後の事件(2)

时间: 2024-02-14    进入日语论坛
核心提示: ワトスン、きみも異存はないと思うが、ロンドンの凶悪犯罪を誰よりも熟知しているのはこの僕だ。重罪犯の陰で強大な勢力が跋ば
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 ワトスン、きみも異存はないと思うが、ロンドンの凶悪犯罪を誰よりも熟知しているの

はこの僕だ。重罪犯の陰で強大な勢力が跋ばつ扈こしていることには何年も前から気づい

ていた。組織ぐるみで裏から手をまわして法律の足を引っ張り、悪党を逃がしてきた輩や

からが存在するんだ。文書偽造、強盗、殺人など、これまで手がけたあらゆる種類の事件

で、たびたびこの黒幕の匂いを嗅かぎ取った。僕が捜査に携わらなかった迷宮入り事件の

多くが、その組織の妨害に遭ったのではないかと考えられる。なんとかして化けの皮をは

いでやろうと何年にもわたって苦心した結果、ようやくしっぽをつかむことができた。と

ころが、その先をたどってみたら、巧妙にめぐらされた無数の曲がり道を通り抜けた末に

行き着いたのは、高名な数学者であるモリアーティ元教授だったというわけだ。

 ワトスン、彼は犯罪界のナポレオンだよ。この大都会に横行する悪事の半数と、発覚し

ていない知られざる犯罪のほとんどは、あのモリアーティが仕組んだものだ。天才であ

り、哲学者であり、理論的な思索家でもある、第一級の頭脳を持った悪党なんだ。蜘蛛く

もの巣の中心にいる蜘蛛と同じで、じっとなりを潜めている。糸は四方八方へ張りめぐら

され、どこか一箇所にでも獲物がかかれば、その振動が必ず彼に伝わるようになってい

る。自ら手を汚すことは絶対にない。犯罪計画を練るだけだ。みごとに統制の取れた大勢

の手下がいるからね。盗みたい書類がある、強盗に入りたい家がある、消したい男がい

る、といった悪だくみが一言モリアーティに伝わりさえすれば、犯行の準備が進められ、

悪事が実行に移される。ときには手下がつかまることもあるが、その場合は保釈金や弁護

士費用が用意される。だが手下を動かす幹部は一度もつかまったことがない。疑われたこ

とさえないんだ。ワトスン、これが僕の追っている組織だよ。一味を世間にさらして壊滅

させるべく、これまで全力を傾けてきた。

 しかし、モリアーティ教授は悪知恵をはたらかせて防御をぬかりなく固めているから、

こっちがどんなに奮闘しても、法廷で有罪判決を勝ち取れるだけの証拠は得られないので

はないかと思い始めた。ワトスン、僕の能力はよく知っているだろうが、この三カ月間を

振り返って、素直にこう認めざるをえない。知力のうえで自分と互角の敵についに出会っ

たんだとね。彼の犯罪に対する恐怖よりも、彼の老ろう獪かいさに対する感嘆のほうが大

きくなったくらいだ。

 ところがね、あの男はとうとう失敗を犯したんだ。ささいな失敗ではあるが、僕の捜査

の手が迫っていたせいで、向こうはのっぴきならない状況に陥った。いよいよ好機到来

だ。僕はそこを足がかりに彼のまわりに網を張りめぐらせ、あとは引きしぼるだけという

段階まで漕こぎ着けた。三日後、すなわち次の月曜日には決行の準備がすっかり整い、モ

リアーティは組織の中心メンバーらとともに警察の手に落ちるだろう。そうなれば、今世

紀最大の刑事裁判が開かれ、四十以上の未解決事件がきれいに片付き、一味は残らず絞首

刑に処せられるはずだ。ただしこっちが少しでも早まれば、言うまでもないが、土壇場で

やつらを取り逃がしてしまうかもしれない。

 まあ、ここまでの段取りをモリアーティ教授に感づかれずに進められれば、なんの心配

もなかったんだがね。あれだけずる賢い相手だから、当然といえば当然だが、罠わなを仕

掛けるたびに見破られ、何度も逃げられそうになった。こっちもそのつどうまく先回りし

た。ねえ、ワトスン、あの無言の攻防を詳しく書き記せば、探偵史上に燦さん然ぜんと輝

く名勝負の記録として後世まで伝えられるだろう。僕は今回ほど死に物狂いになったこと

はないし、敵にあそこまで追い詰められたのも初めてだよ。向こうが深く切りつけてくる

と、こっちはお返しにもっと深く切りつける、という具合だ。今朝は最後の仕上げを済ま

せ、あとわずか三日でこの戦いに終止符が打たれるはずだった。ところが、部屋でこの事

件についていろいろと考えていたら、いきなりドアが開いて、モリアーティ教授が目の前

に立っていたんだ。

 ワトスン、もともと神経の図太い僕もさすがにぎょっとしたよ。これまで頭の中にさん

ざん登場してきた当の本人が、部屋の戸口に立っていたんだからね。彼の風ふう貌ぼうは

よく知っていた。かなりの長身瘦そう軀くで、白い額が半球形に張りだし、目は深く落ち

くぼんでいる。ひげはなく、顔色は青ざめ、大学教授の名残をどこかとどめた、禁欲主義

者を思わせる厳粛な面持ちをしている。長年の研究生活のせいか背中は丸まり、首は前に

突きだし、顔は絶えず左右にゆっくりと動いて気味の悪い爬は虫ちゆう類るいのようだ。

そのモリアーティ教授が細めたまぶた越しに僕をさも珍しそうにじろじろ見ていた。

『きみの前頭葉は思っていたほど発達しておらんな』やつはようやく口を開いた。『ガウ

ンのポケットで装そう塡てんした拳けん銃じゆうをいじりまわす癖はちと物騒ではないか

ね?』

 実を言えば、モリアーティ教授が現われた瞬間、僕は命の危険を察知した。やつの唯一

の逃げ道は僕の口を封じることだからね。それでとっさにリヴォルヴァーを抽斗ひきだし

からポケットへすべりこませ、布越しに銃口をやつに向けていたんだ。だが看破されては

しかたない。リヴォルヴァーをポケットから出し、撃鉄を起こしたままテーブルに置い

た。モリアーティは薄笑いを浮かべたまま目をしばたたいたが、その目つきを見て、銃を

出したのは正解だと思ったよ。

『きみはわしがどういう人間かよくわかっていないようだね』モリアーティは言った。

『そんなことはない。知り尽くしているつもりだよ。椅子にどうぞ。なにか言いたいこと

があるなら、五分だけつきあおう』

『わしがなにを言いたいかは察しがつくはずだ』

『だったら、僕がどう答えるかも察しがつくはずだ』と言い返してやった。

『あくまで邪魔をするつもりか?』

『もちろん』

 モリアーティの手がすばやくポケットに入ったので、僕はテーブルから拳銃をつかん

だ。だが彼のポケットから出てきたのは日付をいくつか書きこんだ手帳だった。

『きみは一月四日、わしの行く手をさえぎった。二十三日、わしの足を引っ張った。それ

から二月の半ばまで、わしを悩ませどおしだった。そして三月末、わしの計画をめちゃく

ちゃにし、四月が終わろうとしている今、きみの執しつ拗ような妨害のせいで、わしは窮

地に追いこまれ、自由を奪われる危険にさらされている。要するに、これ以上勝手なまね

をさせておくわけにはいかんのだ』

『では、どうしろと?』

『手を引け、ホームズ君』相変わらず顔を左右に揺らしている。『ただちに手を引かんと

大変なことになるぞ』

『月曜日以降なら』

『チッチッ』モリアーティは舌を鳴らした。『それほど上等なおつむの持ち主ならば、ど

ういう結果になるかは予測できるはずだ。きみは手を引かねばならない。図に乗るから、

こういうことになるんだぞ。しかし健闘はたたえよう。眺めていて実に楽しかったよ。正

直言って、最後の手段に訴えざるをえないのは残念でならん。なにがおかしいんだ、ホー

ムズ君? こっちは本気だぞ』

『僕の商売に危険はつきものだからね』

『危険程度では済まんよ。これは避けられない破滅だ。きみが敵に回しているのはわし個

人だけでなく、強大な組織なのだからな。いかに聡そう明めいなきみでも想像が及ばない

ほど巨大な組織だ。おとなしく手を引け。さもなければ巨人に踏みつぶされるぞ』

『おっと、いけない』僕は立ちあがって言った。『おもしろいので、つい聞き入って、大

事な仕事があるのを忘れるところだった』

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