「ホームズ、実は話があって来たんだ」スタンフォードは背の高い三脚スツールに腰かけ、私のほうへ別のスツールを足で押しやった。「ワトスンさんは下宿を探しているそうだ。ちょうどきみも家賃を折半してくれる相手がいなくて困ってただろう? だから、紹介しようと思ってね」
シャーロック・ホームズは私と部屋を共同で借りる案に乗り気のようだった。「ベイカー街にこれはと思う部屋を見つけたんですよ。僕らにはぴったりだと思うな。強い煙草の匂いは気になりますか?」
「いいえ、ぼくも〈シップス〉を吸っていますから」私は答えた。
「だったら問題ない。あと、僕は化学薬品を部屋に置いて、たまに実験をやるんですが、そういうのは迷惑ですか?」
「ちっともかまいませんよ」
「じゃあ、ええと──ほかになにがあったかな、僕の欠点は。ああ、そうだ、たまにふさぎこむことがあって、何日も口をきかなくなります。でも怒っているわけじゃないので、気にせず放っておいてください。じきにもとに戻りますから。きみのほうはどうです? 白状することはありませんか? 一緒に住むとなれば、互いの欠点をしっかり把握しておいたほうがいいですからね」
そんなふうに尋問口調で訊きかれ、私は思わず笑った。「ブルドッグの子犬を飼っています。それから、神経がまいっているので騒音は困りますね。起床時間は不規則で、かなりの無精者です。元気なときなら短所はまだいくらでもありますが、さしあたってはこれくらいかな」
「ヴァイオリンを弾くのは、きみにとって騒音なんだろうか?」ホームズは気遣わしげに訊いた。
「弾く人によります。上手な人の演奏なら至福の調べでしょうが、下手な人だと……」
「ああ、それなら心配ないですね」ホームズは快活に笑った。「これで話は決まったも同然──あとは、きみがあの部屋を気に入るかどうかです」
「いつ見に行きますか?」
「明日の正午にここへ来てください。二人で現地へ出かけて、必要な手続きを全部済ませてしまいましょう」
「わかりました。では明日の正午に」私は彼と握手を交わした。
薬品を並べて実験を続けるホームズを残し、スタンフォードと私は部屋をあとにした。外に出ると、連れ立って私のホテルの方角へ歩きだした。
「ああ、そういえば」私はふと思い出して足を止め、スタンフォードを振り向いた。「彼はどうしてぼくがアフガニスタン帰りだとわかったんだろう?」
スタンフォードは含み笑いして言った。「そこがあの男の一風変わっ
たところなんです。どうしてあんなふうにいろんなことがわかるのか、みんな不思議がっていますよ」
「なるほど、謎というわけか!」私はわくわくしながら手をこすり合わせた。「興味をそそられるね! 紹介してくれてありがとう、恩に着るよ。〝人間がなすべき研究の対象は人間である〟(訳注:イギリスの詩人アレグザンダー・ポープの言葉)とはよく言ったものだ」
「じゃあ、せいぜい彼の研究に勤いそしんでください」スタンフォードは別れ際に言った。「ただし、一筋縄ではいかない相手ですから覚悟がいりますよ。逆にワトスンさんが研究されることのほうが多いんじゃないかと予想しますがね。では、ここで失礼」
「ああ、また会おう」ホテルへとぶらぶら歩きながら、私は新しい知人のことを考えて胸が高鳴った。