ご都合が悪くおいでになれない場合は、のちほど小生が詳しく報告いたしますので、ご意見をお聞かせいただければ幸いです。
トバイアス・グレグスン
「グレグスン警部はスコットランド・ヤードきっての敏腕刑事でね」ホームズが説明を始めた。「彼もレストレイド警部も間抜けぞろいのヤードでは飛び抜けて優秀なんだ。機敏だし、すこぶる精力的だからね。ただ、やることなすことなんでも杓しやく子し定じよう規ぎで、ちっとも融通が利かない。あれは処置なしだよ。しかも互いにいがみ合っていて、商売敵の女同士みたいに嫉しつ妬と心をめらめらと燃やしている。二人が共同でこの事件を担当することになったら、まちがいなくひと波乱あるだろうな」
ホームズが悠長にそんな話をしているので、私ははらはらしてきた。「いまは一刻を争うときなんだろう?」焦るあまり声が大きくなった。「外へ行って辻つじ馬車を呼んでこようか?」
「まだ行くと決めたわけじゃない。僕は救いがたいほどの怠け者なんだ。怠惰なことにかけては誰にも負けない自信がある──といっても、一種の発作のようなものでね。その証拠に、かなり活発に動けるときもけっこうある」
「理解に苦しむよ。きみにすれば待望のチャンスじゃないか」
「おいおい、これが僕となんの関係があるんだい? 僕が事件の全ぜん貌ぼうを明らかにしたところで、どうせ手柄はそっくりグレグスンやレストレイドに持っていかれるんだ。こっちはしょせん民間人にすぎないからね」
「だが、向こうはこうして必死に助けを求めているのに」
「必死にもなるさ。能力のうえでは僕にかないっこないとわかっているんだから。本人たちもそれをはっきりと認めているよ、僕の前でなら。第三者がいるところでは意地でも認めようとしないがね。まあいい、ちょっと行って様子を見てみるか。どんな事件だろうと僕が鮮やかに解決してみせるよ。なんの得にもならないが、警察に一泡吹かせてやれば、さぞかし痛快だろうからね。よし、出発だ!」
ホームズは勢いよくコートをはおると、それまで無気力だったのが噓のように、きびきびとした動作に変わった。
「さあ、きみも帽子をかぶって」彼は言った。
「ぼくも行くのかい?」
「そうだよ。ほかにこれといって用事がなければね」
一分後には、辻馬車に乗ってブリクストン通りへ猛然と突き進んでいた。
霧に包まれた曇り空の朝だった。家々の屋根に灰褐色の霧が帯状に垂れこめて、まるで街路の泥の地面が映っているかのようだ。ホームズはやけに上機嫌で、クレモナのヴァイオリンについてとりとめのない話を続け、ストラディヴァリウスとアマーティの相違点といった薀うん蓄ちくを傾けていた。対照的に私のほうはずっと黙りこくっていた。どんよりとした空模様に加え、こうして首を突っこむはめになった陰惨な事件のことが脳裏にちらついて、気がめいってしまったのだ。
「きみは事件のことが全然頭にないようだね」私はたまりかねてホームズの音楽談義をさえぎった。
「まだ材料がない。証拠がそろわないうちから仮説を立てようとするのは大まちがいだ。偏った判断に陥りかねない」
「材料はもうじき手に入るよ」私は馬車の外を指さした。「ブリクストン通りだ。あそこに見えるのが、おそらく問題の家だろう」
「そのとおり。おい、御者くん、停めてくれ!」事件現場となった家はまだ百ヤードくらい先だったが、ホームズがここで降りると言い張るので、残りの距離は歩いていくことになった。