町はずれにさしかかったところで、平原から荒っぽそうな牧童たちに引かれてきた牛の大群が道をふさぎ、ルーシーは行く手を阻まれてしまった。気がはやっていたため、わずかな隙間へ馬を突っこませて強引に通り抜けようとしたが、あっという間に背後をふさがれ、気がついたときには、長い角を生やし獰猛な目つきをした牛のうごめく群れにびっしりと取り囲まれていた。それでも牛の扱いには慣れていたので、冷静に隙をうかがいながらじりじりと前へ進み、なんとかこの場を切り抜けようとした。が、運悪く一頭の角が偶然か故意か馬の脇腹にぶつかり、馬はたちまち逆上した。憤然といなないて後ろ足で立ちあがると、よほど熟練した騎手でなければあっけなく振り落とされるであろう勢いで跳ねまわった。危険このうえない状況だ。馬は暴れるたびにまた牛の角にぶつかり、ますます怒りをあおられる。ルーシーは鞍くらにしがみついているのがやっとだった。落馬すれば、おびえて興奮した牛の蹄ひづめに踏みつぶされ、無残な死を遂げなければならない。突然降りかかった絶体絶命の窮地に頭がくらくらして、手綱をつかむ手がゆるみそうになった。巻きあがる砂さ塵じんともみ合う動物たちの熱気で息が詰まる。絶望感に襲われ、もうだめだとあきらめかけたそのとき、すぐ横から「いま助けるぞ!」と叫ぶ力強い声が聞こえた。同時に浅黒くたくましい手が荒れ狂う馬のくつわ鎖をむんずとつかみ、牛たちを押しのけながらルーシーと馬を群れの外へ救いだした。
「きみ、怪我はなかったか?」男は優しくいたわった。
ルーシーは彼の日焼けした彫りの深い顔を見上げ、屈託なく笑った。「ああ、怖かった。まさかポンチョが牛の群れにあんなにおびえるなんて思わなかったから、びっくりしたわ」あっけらかんとして無邪気に言う。
「落馬しなくて本当によかった」男のほうは真剣な口調だった。背の高い、精せい悍かんな顔立ちの若者だ。粗末な猟師服を着て、肩から長いライフル銃を提げ、力強さがみなぎる葦あし毛げの馬にまたがっている。「ジョン・フェリアのお嬢さんだね? フェリアの家から出てくるところを見たんだ。帰ったら、お父さんに訊きいてみてくれないかな。セントルイスのジェファースン・ホープ一家を覚えてるかって。もしおれの知ってるフェリアさんなら、昔うちの親父と懇意にしてたんだ」
「ご自分で訊きにいらしたら?」ルーシーは取り澄まして言った。
さりげない招待の言葉が嬉うれしかったと見え、若者は黒い目をきらきらと輝かせた。「じゃあ、そうさせてもらうよ。二ヶ月間ずっと山にいたから、よそのお宅を訪問できるような恰かつ好こうじゃないが、そこは大目に見てもらうとしよう」
「父はあなたに感謝してもしきれないはずよ。わたしも同じ。父はわたしをとてもかわいがってくれてるの。もしもさっき、わたしが牛に踏まれて命を落としていたら、きっと一生悲しみ続けたと思うわ」
「おれもそうだよ」若者は言った。
「あなたが? まあ、どうして? わたしはあなたにとって縁もゆかりもない人間なのに。友人でもないわ」
若い猟師が浅黒い顔を急に曇らせると、ルーシー・フェリアは朗らかに笑った。
「冗談で言っただけよ、真に受けないで。もちろん、いまは友人同士だわ。ぜひうちにいらしてね。さてと、行かなくちゃ。遅くなったら、もう仕事を手伝わせてもらえなくなっちゃう。それじゃ、さよなら!」
「さよなら」若者は大きなソンブレロを脱ぎ、ルーシーの小さな手を取って挨あい拶さつのキスをした。ルーシーは馬の向きを変えて、鞭むちをひとつ入れると、砂煙を巻きあげながら広い街道を走り去っていった。