外はしんと静まりかえっていた。晴れた晩で、空には星がきらきらと輝いている。前方には小さな前庭があり、生け垣と門をはさんだ向こうは道路だが、どちらにも人影はまったく見あたらない。左右を見渡して安あん堵どのため息をついたが、なにげなく視線を足もとに落とした瞬間、ぎょっとした。地面に男が手足を投げだして、うつぶせに横たわっていたのだ。
フェリアは驚きのあまり卒倒しかけ、とっさに壁にもたれた。喉のどをつかんで叫びそうになるのを懸命にこらえながら、この倒れている男は重傷を負っているか、死にかけているかのどちらかだろうと考えた。ところが、男はいきなりもぞもぞ動きだしたかと思うと、腹はら這ばいのまま蛇のような敏びん捷しようさで音もなく玄関へ入ってきた。そして足の先まで家のなかに隠れるや、すばやく起きあがってドアを閉めた。啞あ然ぜんとするフェリアの目の前に現われたのは、精せい悍かんな顔に揺るぎない決意をにじませたジェファースン・ホープだった。
「いやはや、これは!」ジョン・フェリアは息をのんだ。「おかげで肝を冷やしたよ。なんでまたこんなやり方を?」
「その前になにか食べさせてください」ホープはかすれ声で答えた。「丸二日間、飲まず食わずなんです」テーブルに夕食の残りのハムとパンを見つけると、手づかみでむさぼるように食べ始めた。空腹がひとまずおさまったあとで、再び口を開いた。「ルーシーは元気ですか?」
「ああ。危険が迫っていることはまだ知らんのだ」父親は答えた。
「それはよかった。ところで、この家は監視人たちに包囲されています。それでああやって地面を這ってきたんですよ。だが、あいつらがどんなに抜け目なくても、このウォシュー族(訳注:ネヴァダ州西部からカリフォルニア州北東部にかけての土地にいた先住民族)仕込みの猟師はつかまえられっこありませんよ」
ジョン・フェリアは強力な味方を得たおかげで、俄が然ぜん奮い立った。若者の革のように硬い手を取ると、敬意をこめて握りしめた。「なんという頼もしい男だ。われわれ親子と危険な運命をともにしてくれる者など、めったにいるもんじゃない」
「ええ、そのとおりですよ、親父さん」若き猟師は言った。「あなたのことは心から尊敬しています。だけど、あなた一人のためだったら、わざわざ厄介事にかかずらうようなまねはしなかったかもしれない。こうして戻ってきたのは、ルーシーがいるからこそです。ルーシーを守るためなら、一人ぐらいユタのホープ家の人間が減ったってかまうものか。命がけで戦いますよ」
「ありがたい。で、これからどうする?」
「明日が期限だから、今夜のうちに出発します。イーグル谷にラバ一頭と馬二頭を用意しておきました。金はどれくらいありますか?」
「金貨で二千ドル、紙幣で五千ドルだ」
「充分です。おれも同じくらい持ってますから。山を越えて、なんとかカースン・シティまで逃げなくては。ルーシーを起こしてください。使用人がこの家に寝ていなくてよかった」
フェリアが別の部屋で娘に旅支度をさせているあいだ、ジェファースン・ホープは目についた食料をかき集め、小さな包みをこしらえた。これから越える山には湧き水が少ないとわかっているので、水も磁器の壺つぼに汲くんで用意した。その作業がちょうど終わったところへ、農場主がすっかり身支度の整った娘を連れてきた。恋人たちは再会の喜びを分かち合ったが、それはほんのつかの間だった。いまは一刻も無駄にはできない。やるべきことは山ほどある。