これは千載一遇のチャンスです。敵はもう仕留めたも同然でした。二人一緒だと防御が固いが、離れ離れになればこっちのもんですよ。ただし、性急に事を運ぶようなことはしませんでした。すでに計画は練ってあります。あの極悪人どもに、誰の手で息の根を止められるのか、なぜ罰を受けるのかを知らしめないかぎり、復ふく讐しゆうを完全に果たしたことにはなりません。ですから、おれをひどい目に遭わせた相手に、昔の悪事がわが身に跳ね返ってきたんだとわからせる手立てを用意しておいたんです。実はその数日前に、たまたまこんなことがありましてね。おれの馬車に乗せた客がブリクストン通りの空き家を何軒か見てまわり、そのうちの一軒の鍵かぎを馬車に忘れてったんです。晩になって客が取りに来たんで返しましたが、すでに型を取って、合鍵をつくらせたあとでしたよ。おかげで、この大都会に少なくとも一箇所、誰にも邪魔されず自由に使える場所が手に入りました。残る問題は、ドレッバーをどうやって空き家へ誘いこむかです。
駅をあとにしたドレッバーは通りを歩いていき、途中で酒場に数軒立ち寄りました。最後の店では三十分近く粘ってましたよ。出てきたときにはもうすっかりできあがっちまって、千鳥足の状態でした。ちょうどおれの前にいた辻馬車に乗りこんだんで、すぐに追いかけ、馬の鼻面が向こうの御者にくっつかんばかりの勢いでぴったりと後ろにつけました。ウォータールー橋を渡って、さらに数マイル走ったあとに到着したのは、なんとやつがさっきまで滞在してたトーキー・テラスでした。どういうつもりで舞い戻ったのかは見当もつきませんでしたが、とにかく尾行を続けることにして、下宿屋から百ヤードばかり手前で馬車を停めました。やつは玄関へ入っていき、辻馬車は走り去りました。あの、すみませんが、水を一杯いただけませんか。しゃべってると口がからからになっちまって」
私が水の入ったグラスを渡すと、ホープはごくごくと飲み干した。
「おかげで楽になりましたよ」彼はそう言って話の続きに戻った。「で、馬車を停めたまま十五分くらい待ってると、突然家のなかから人が争ってる物音が聞こえ、その直後、ドアがぱっと開いて二人の男が飛びだしてきました。一人はドレッバー、もう一人は見知らぬ若い男でした。若い男はドレッバーの襟首をつかんで玄関の石段へ引きずっていき、路上へ蹴けり落としました。ドレッバーは道の真ん中あたりまで転がっていきましたよ。『このごろつきめ! うぶな娘に手を出すとどうなるか、目に物を見せてやる!』若い男がものすごい剣幕で怒鳴りつけました。ドレッバーのやつは尻尾しつぽを巻いて逃げだしましたが、あと一歩遅ければ、若い男に棍こん棒ぼうでたたきのめされてたでしょう。ドレッバーは通りの角まで駆けてくると、ちょうどそばに停まってたおれの馬車にあわてて飛び乗りました。そして『ハリデイ・プライベート・ホテルまで』と行き先を告げたんです。
やつがおれの馬車に乗ってる、とうとうつかまえたんだ。そう思うと嬉しくて、動どう脈みやく瘤りゆうが破裂するんじゃないかと心配になるほど心臓が飛び跳ねました。ゆっくりと馬車を走らせながら、どうすればいいか考えをめぐらせました。どこか人里離れた土地へ連れていって、人けのない路地でけりをつけようか。そうだな、それがいい、と結論が出かかったとき、ドレッバー本人が名案を授けてくれました。やつはまたぞろ酒が欲しくなって、通りかかった安酒場の前で馬車を停めろと言いだしたんです。おれに外で待つよう言い残し、一人で酒場へ入っていきました。看板まで飲み続けて、出てきたときにはすっかり酩めい酊てい状態でしたから、勝負はもらったと思いましたね。