こうしてイーノック・ドレッバーはあの世へ行きました。残る仕事は、スタンガスンにも同じようにして罪を償わせ、ジョン・フェリアの無念を晴らすことです。〈ハリデイ・プライベート・ホテル〉に泊まってるのはわかってましたから、そこへ行って一日中見張りました。ところが全然外へ出てきません。ドレッバーが約束の時間に現われなかったので、なにかあったと察したんでしょう。あのスタンガスンは実に抜け目のない男で、つねに用心深いですからね。しかし、部屋にこもってりゃ安全だと思ったら大まちがいだ。あいつの寝室の窓をただちに突きとめると、翌朝早く再びホテルへ行って、裏手の路地にあった梯はし子ごを拝借し、明け方のまだ薄暗い頃、スタンガスンの部屋へ窓から侵入しました。そしてあいつをたたき起こし、昔の殺人の罪をあがなうときが来たと告げました。ドレッバーの最期がどうだったか話して聞かせ、そのときと同じようにどちらか選べと言って二個の丸薬を差しだしました。生き延びるチャンスを与えてやったわけです。なのにあいつはそれをうっちゃって、いきなりベッドから飛び跳ねると、おれの喉もとにつかみかかってきました。だからおれは自分の身を守るため、あいつの心臓に刃物を突き立てたんです。まあ、どっちみち結果は同じだったと思いますがね。罪で汚れたスタンガスンの手は、神の摂理によって必ず毒を選んだでしょう。
話しておきたいことはもうあとわずかです。ちょうどいい頃合いだ。へたばっちまって、そろそろ限界ですから。あのあとも辻つじ馬車の仕事は続けました。アメリカへ帰る旅費が貯まるまでと思ってね。そうしたら今日、停車場で客待ちしてると、薄汚いなりの小僧がやって来て、ベイカー街二二一Bのお客さんがジェファースン・ホープって御者をご指名だと言うんです。なんの警戒もせずのこのこ出かけてったら、こちらの若い紳士にいきなり手錠をかけられちまった。まったく目にもとまらぬ早業でしたよ。さあ、おれの話はこれで終わりです。皆さんから見ればおれは殺人犯ってことになるんでしょうが、自分では皆さんと同じ正義の番人だという誇りを持ってるんです」
ホープの話は壮絶としかいいようがなく、語る態度も真剣そのものだったので、私たちは押し黙ってじっと聞き入っていた。犯行の詳しい模様などいやというほど聞かされてきた本職の警察官たちまでもが、ホープの話にすっかり引きこまれたようだった。供述が終わったあとも皆しばらく無言で、レストレイドが速記録をしめくくろうと鉛筆を走らせている乾いた音だけが静寂に響いていた。
「ひとつだけ確かめておきたいことがあるんだが」最初に口を開いたのはホームズだった。「僕の新聞広告を見て、おまえの相棒が指輪を取りに来たが、あれはいったい何者だ?」
ホープはおどけたしぐさでホームズに片目をつぶって見せた。「自分自身の秘密ならいくらでもしゃべりますが、他人に迷惑をかけるわけにはいきません。あの広告を見たときは、警察の罠わななのか、それとも本当におれの大事な指輪を拾った人がいるのか、判断がつきませんでした。すると友人が、じゃあ探りを入れてきてやるよと言って、あの役を引き受けてくれたんです。あの男、なかなかうまくやったでしょう?」
「ああ、すばらしい腕前だったよ」ホームズは実感のこもった声で言った。
「さて、皆さん」取調官がおごそかな口調で言葉をはさんだ。「決まりにのっとって法の手続きを進めなければなりません。木曜日に被疑者は治安判事のもとへ出頭しますが、そのときには皆さんにも立ち会っていただくことになるしょう。それまで被疑者の身柄は本官が責任を持って預かります」取調官がベルを鳴らし、ジェファースン・ホープは二名の看守に連れていかれた。一方、私はホームズとともに警察をあとにして、辻馬車でベイカー街へ帰った。