小さな虻だのべっ甲いろのすきとおった羽虫だのみんなかわるがわる来て挨拶して行くのでした。
とうもろこしには、もう頂上にひらひらした穂が立ち、大きな縮れた葉のつけねには尖った青いさやができていました。
そして風にざわざわ鳴りました。
一疋の蛙が刈った畑の向うまで跳んで来て、いきなり、このとうもろこしの列を見て、びっくりして云いました。
「おや、へんな動物が立っているぞ。からだは瘠せてひょろひょろだが、ちゃんと列を組んでいる。ことによるとこれはカマジン国の兵隊だぞ。どれ、よく見てやろう。」
そこで蛙は上等の遠めがねを出して眼にあてました。そして大きくなったとうもろこしのかたちをちらっと見るや蛙はぎゃあと叫んで遠めがねも何もほうり出して一目散に遁げだしました。
蛙がちょうど五百ばかりはねたときもう一ぴきの蛙がびっくりしてこっちを見ているのに会いました。
「おおい、どうしたい。いったい誰ににらまれたんだ。」
「どうしてどうして、全くもう大変だ。カマジン国の兵隊がとうとうやって来た。みんな二ひきか三びきぐらい幽霊をわきにかかえてる。その幽霊は歯が七十枚あるぞ。あの幽霊にかじられたら、もうとてもたまらんぜ。かあいそうに、麻はもうみんな食われてしまった。みんなまっすぐな、いい若い者だったのになあ。ばりばり骨まで噛じられたとは本当に人ごととも思われんなあ。」
「何かい、兵隊が幽霊をつれて来たのかい、そんなにこわい幽霊かい。」
「どうしてどうしてまあ見るがいい。どの幽霊も青白い髪の毛がばしゃばしゃで歯が七十枚おまけに足から頭の方へ青いマントを六枚も着ている」
「いまどこにいるんだ。」
「おまえのめがねで見るがいい。あすこだよ。麻ばたけの向う側さ。おれは眼鏡も何もすてて来たよ。」
あたらしい蛙は遠めがねを出して見ました。
「何だあれは幽霊でも何でもないぜ。あれはとうもろこしというやつだ。おれは去年から知ってるよ。そんなに人が悪くない。わきに居るのは幽霊でない。みんな立派な娘さんだよ。娘さんたちはみんな緑色のマントを着てるよ。」
「緑色のマントは着ているさ。しかしあんなマントの着様が一体あるもんかな。足から頭の方へ逆に着ているんだ。それにマントを六枚も重ねて着るなんて、聞いた事も見た事もない贅沢だ。おごりの頂上だ。」
「ははあ、しかし世の中はさまざまだぜ。たとえば兎なんと云うものは耳が天までとどいている。そのさきは細くなって見えないくらいだ。豚なんというものは鼻がらっぱになっている。口の中にはとんぼのようなすきとおった羽が十枚あるよ。また人というものを知っているかね。人というものは頭の上の方に十六本の手がついている。そんなこともあるんだ。それにとうもろこしの娘さんたちの長いつやつやした髪の毛は評判なもんだ。」
「よして呉れよ。七十枚の白い歯からつやつやした長い髪の毛がすぐ生えているなんて考えても胸が悪くなる。」
「そんなことはない。まあもっとそばまで行って見よう。おや。誰か行ったぞ。おいおい。あれがたったいま云ったひとだ。ひとだ。あいつはほんとうにこわいもんだ。何をするかここへかくれて見ていよう。そら、ちょっと遠めがねを借すから。」
「ああ、よく見える。何だ手が十六本あるって。おれには五本ばかりしか見えないよ。あっ。あの幽霊をつかまえてるよ。」
「どれ借してごらん、ああ、とってるとってる。みんながりがりとってるねえ。とうもろこしは恐がってみんな葉をざあざあうごかしているよ。娘さんたちは髪の毛をふって泣いている。ぼくならちゃんと十六本の手が見えるねえ。」
「どら、借した。なるほど十六本かねえ、四本は大へん小さいなあ。あああとからまた一人来た。あれは女の子だろうねえ。」
「どう、ちょっと、そうだよ。あれは女の子だよ。ほういまねえあの女の子がとうもろこしの娘さんの髪毛をむしってねえ口へ入れてそらへ吹いたよ。するとそれがぱっと青白い火になって燃えあがったよ。」
「こっちへ来るとこわいなあ。」
「来ないよ。ああ、もう行ってしまったよ。何か叫んでいるようだねえ。」
「歌ってるんだ。けれどもぼくたちよりはへただねえ。」
「へただ、ぼく少しうたってきかしてやろうかな。ぼくうたったらきっとびっくりしてこっちを向くねえ。」
「うたってごらん。こっちへ来たらその葉のかげにかくれよう。」
「いいかい、うたうよ。ぎゅっくぎゅっく。」
「向かないよ。も少し高くうたってごらん。」
「どうもつかれて声が出ないよ。ぎゅっく。もうよそう。」
「よすかねえ。行ってしまった残念だなあ。」
「ぼくは遠めがねをとってくる。じゃさよなら。」
「さよなら。」
二ひきの蛙は別れました。
とうもろこしはさやをなくして大変さびしくなりましたがやっぱり穂をひらひら空にうごかしていました。