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宣告02

时间: 2017-02-27    进入日语论坛
核心提示:    二 点滴と注射の術後指示をカルテに記載すると船津は医局へ戻った。医局ではすでに仕事を終えた医師が集まり、手術のあ
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     二
 
 点滴と注射の術後指示をカルテに記載すると船津は医局へ戻った。医局ではすでに仕事を終えた医師が集まり、手術のあとの風呂上りにビールを飲んでいた。医局のテエブルに新しいビールのダース箱が四つ並んでいる。各々に今日手術した患者の名がついたノシ紙が貼りつけてある。中に祁答院と書いたのが二つある。
「偉い絵の先生はどうだったかね」
 船津がはいっていくとすでにビールで顔を赤めた医師が尋ねた。
「全くの手遅れです。直腸はレトロペリトネウム(後腹膜)にぴったり癒着していてとても剥がせるものじゃありません」
「もうレンデン(腰椎)かレエバア(肝臓)にメタ(転移)しているんだろう」
「初めから分ってたんですよ」
 船津は同期の田辺が注いでくれたビールを飲み干した。
「それで結局、癌は?」
「とにかく半分だけはとりましたが、あとはそのままです」
 全身麻酔の下、肛門から大きく開いて進んでみたが腫瘍の中半ほどもとらずに退却してしまった。直腸から腰あたりまでの淋巴腺はすべて癌に冒され、るいるいと腫れ上ってみな膀胱や尿管、腸と癒着している。それをあえて強引に剥がせば淋巴腺と一緒にそれらまで摘《と》り出すことになってしまう。淋巴管の腫れは更に腰椎から背骨の上まで続いていると考えられ、とてものことにすべてを摘り出せる代《しろ》ものではなかった。
「人工肛門を造らなければいかんな」二期上の先輩が云った。
「そうですね」
 便を下から出すのを諦めて腹の横に穴をあけ、これを腸と繋いで便はこの穴から出すというやり方である。この方法だと癌の出来た直腸から下は全く働かず休んでいることになる。こうすることが一番長持ちをする。
「人工肛門でどれくらい生きられますか」
「そうだな、いいのは二、三年保つのもあるけどね、メタ(転移)がひどいようだからまあ半年かな、うまくいけば一年はもつよ」
「一年か」船津は手術を受ける前の祁答院の言葉を思い出した。
「まだまだ死ねません、やり残しの仕事があります」勝気そうな顔に祁答院は眼を輝かせて言った。
「癌は食道より胃、胃より腸と、下にできるやつほど長保ちするからね」
 先輩が云った時、綾野部長が入ってきた。皆は一瞬、話をやめ綾野の方を見やった。
「祁答院さんの容態はどうかね」
 綾野は祁答院の手術の執刀者だった。
「今診たところでは血圧が一寸低いのですが、一応落ちついてます」
「麻酔は」
「まだ醒めてません」
「そうか」綾野は田辺が注いだビールを口に持っていった。
「家族の方は」
「奥さんと娘さん二人が来ています」
 祁答院は綾野への紹介患者であるうえに、誰もが知っている有名人である。綾野が気にするのも無理はなかった。
「しかしひどかったなあ」
 綾野は半ばは医局員へ、半ばは自分に云いきかせるように云った。そう云うことで失敗だった手術の結果を納得しようとしているのかもしれなかった。
「先生、手術の説明はどうしましょうか」
「どうするって?」綾野が不思議そうに船津を見返した。「いつものように云っておいたらいいだろう」
「手術は成功だったと……」
 綾野は煙草に火をつけながらうなずいた。本来、癌であることはなるべく患者や家族には告げない。だが手術のために止むを得ず告げねばならない時もある。そういう場合にはあとで必ず、「うまく摘りきった」と答えることになっていた。自分で感ずるのは別として失敗だったということは最後まで告げない。患者に生きる希みを保たせ、精神的に苦しめるのを防ぐため、この云い方は臨床医の守るべき不文律となっている。医者になって五年にもなる船津が今更のようにそんなことを聞き出したので綾野は意外に思ったのだ。
「駄目だということは誰に対しても云ってはいけないものですか」
「というと……」
「たとえば祁答院さんのような」
「祁答院さんがなにかかね」
 医局員は船津が何を云い出すのかと雑談を止め聞き耳を立てた。
「あの方は芸術家ですから」
「………」
「芸術家の場合は一般の人と少し違うと思うのです」
「というと」
「これは僕の私見ですが、助からないと分ったら芸術家の場合はむしろ積極的に死期を報せてやった方がいいのではないかと思うのです。あと半年とか一年とか、それによって彼等はこの世でやり残していた仕事を全力を尽してやっていくと思うのです。芸術家は自分の命より仕事を大切にする筈です。ただ本人を苦しめるというだけで一般の人と同じように死期を隠すことは本人のためにも、われわれにとっても大変な損失だと思うのです」
「われわれにとっても?」
「ええ、その人の仕事を認め、惜しむ者としてです」
 綾野は腕を組み、じっと考えこんでいたが、やがて、
「皆はどう思うかね」ときいた。
「どうせ助からないのなら彼等は死期を教えて呉れというはずです。短くてもその間に彼は彼なりに充実した仕事をやっていくと思うのです」
 船津は少し喋りすぎるかと思った。だが、これは彼が二、三年前から考えていた持論である。
「船津君の云うことはたしかに一理ありますが、それにしてもたとえ半年後にでも確実に死ぬと聞かされた当の本人は随分とショックを受けると思います。治るものと信じていたものが駄目と云われるのだから大変なことです。それで狼狽し、死の恐怖にとりつかれて、仕事どころではないといったことになりはしないでしょうかね」
「一時的にはそうなるかもしれません。一日二日は。でも彼等は芸術家ですから個人で残していく仕事が命の筈です」
「芸術は長く、人生は短しというわけかい」
「祁答院さんはまだまだこれからの人です。だからこそ教えてやっていま一ついい仕事を残していって欲しいと思います」
「船津君の云うとおりだとすると芸術家というものは厳しいものだね」
 芸術といったものにおよそ無縁な、快活な外科医である先輩が溜息まじりに云った。
「でも苦しみのなかから作品を完成し、残していくのが芸術家の生き甲斐ですから、僕達が本当のことを言ってもきっと喜んで受け入れて呉れると思います」
「君は絵も好きなようだから、君の云うほうが本当なのかもしれないな」綾野が云った。
「そんなことはありません、これはただ僕の勝手な解釈ですから」
「いや、云われてみるとそんな気もするよ」
「芸術家と云ったっていろいろいます。僕は芸術家なら誰でも癌の死期を告げてもいいと云ってるわけじゃありません。でも祁答院さんは本物です。そのあたりの芸術家らしいとか、ぶっているのとは違います。僕はそう信じ、尊敬している方ですから是非教えてあげて、その間に最後のいい仕事をさせてあげたいのです」
 皆が真剣に考え込んでいるのを知って船津は照れたように頭に手を当てた。手術の後の賑やかな医局とはまるでムードが違う。
「それで勿論奥さんにも云うのだね」
「ええ、奥さんはあの先生のお仕事の助手も兼ねています」
「そうか」綾野は最後の決を下すように顔を上げた。
「君が直接云うかね」
「僕が云っても宜しいのですか」
「君に任せるよ」綾野は持っていた煙草をもみ消した。
「云った以上、彼が精神的にどんなに苦しんでもこちらの責任だ。これからの一年は彼のためでなく芸術のためにあるのだから、それがしやすいようにできるだけのことをしてやらなければいかん、彼の気持や命より仕事が優先するわけだ」
「分りました」
 うなずきながら船津は体が熱くなるのを覚えた。医師になって六年目だが、患者に面と向かって死期を告げるのはこれが初めてであった。
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