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白夜行8-4

时间: 2017-01-17    进入日语论坛
核心提示: 松浦、というのが男の名字だった。やはり昔からの知り合いらしい。だが桐原が友彦に教えてくれたことは、それだけだった。それ
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 松浦、というのが男の名字だった。やはり昔からの知り合いらしい。だが桐原が友彦に教えてくれたことは、それだけだった。それだけ説明すると、二人で隣の部屋へ行ってしまった。
 友彦は戸惑っていた。桐原が見せたあの笑顔から察すると、会って嫌な相手ではなさそうだ。となると、会わせないほうがいいと思った友彦の直感は、間違っていたことになる。
 しかし彼は、笑顔よりも、その直前に見せた桐原の表情のほうが気に掛かっていた。ほんの一瞬ではあったが、負のエネルギーを凝縮したような凄《すご》みが桐原の全身から発せられていた。あの様子とその後の笑顔が、どうにも結びつかなかった。もしかすると自分の思い過ごしだったのかという気もするのだが、あの異様な気配が勘違いの産物だとは、どうしても思えなかった。
 弘恵が戻ってきた。彼女は隣の部屋に日本茶を運んで行ったのだ。
「どうやった?」と友彦は訊いた。
 弘恵は一度首を捻《ひね》ってから、「なんだか楽しそうやったけど」といった。「あたしが入っていったら、つまらない冗談をいい合って笑ってた。あの桐原さんが、駄洒落《だじゃれ》をいうてるんよ。信じられる?」
「信じられへんな」
「でも事実なの。あたし、耳を疑ったわ」弘恵は、自分の右耳をほじるしぐさをした。
「松浦の用件が何なのかはわかった?」
 友彦が訊くと、彼女は申し訳なさそうにかぶりを振った。
「あたしがいる前では雑談してるだけやった。他人に話を聞かれたくないみたい」
「ふうん」
 胸が、ざわざわと騒いだ。隣で二人は、どんなやりとりを交わしているのか。
 それから約三十分後、隣のドアの開く気配がした。さらに十秒ほどすると、店のドアが開けられ、桐原が顔を覗かせた。
「俺、ちょっと松浦さんを、そのへんまで送ってくるから」
「あ、お帰りか」
「うん。すっかり長話になった」
 桐原の向こうにいた松浦が、どうもどうも、といって手を振った。
 ドアが再び閉じられると、友彦は弘恵を見た。彼女も友彦を見ていた。
「どういうことやろ」と友彦はいった。
「あんな桐原さんを見たの、初めて」弘恵も目を丸くしていた。
 しばらくして桐原が戻ってきた。ドアを開けるなり、「園村、ちょっと隣に来てくれ」といった。
「ああ……わかった」友彦が答えた時には、もうドアは閉まっていた。
 友彦は弘恵に店番を頼んだ。彼女は怪訝《けげん》そうに首を傾《かし》げた。友彦は首を振るしかなかった。長年の付き合いではあるが、桐原について知らないことは山ほどあった。
 隣の部屋に行くと、桐原が窓を開け放ち、空気を入れ換えているところだった。その理由はすぐにわかった。部屋中に煙草の煙が充満しているのだ。桐原が、ここへ来た人間に喫煙を許可したのは、友彦の知るかぎりではこれが初めてだった。コンビニで買った鍋焼きうどんのアルミ鍋が、灰皿代わりに使われていた。
「義理のある相手や。何の愛想もでけへんから、煙草ぐらいは吸わせてやろうと思ってな」友彦の疑念を晴らすように桐原はいった。言い訳がましく聞こえたので、これまたこいつらしくない、と友彦は感じた。
 空気が入れ替わり、室内がすっかり十二月の外気温に変わると、桐原は窓を閉めた。
「何の話かと後で弘恵ちゃんに訊かれたら」ソファに腰を下ろしながら彼はいった。「松浦さんのところにパソコンを二台、卸しの値で流してやる話やったと答えといてくれ。たぶん今頃は、俺らがどんな話をしているのか、あれこれ想像してるやろうからな」
「ということはつまり、本当はそういう話ではないということか」友彦はいった。「彼女には聞かせられへん話ということか」
「まあそういうことや」
「あの松浦という人が関係してるんやな」
 ああ、と桐原は頷いた。
 友彦は両手で髪を後ろにかきあげた。
「なんていうか、俺としてはあんまり面白い気分やないな。あの人が何者なのかも知らんしな」
「使用人や」桐原がいった。
「えっ?」
「うちの使用人だった男や。昔、俺の家が質屋をしてたことは話したやろ。その頃、働いてた男や」
「質屋に……そうか」友彦としては全く予想外の答えだった。
「親父が死んだ後も、うちが店じまいをするまで働いてた。つまり俺やお袋は、実質的にあの人に養われてたということになる。松浦さんがおれへんかったら、俺らはすぐにも路頭に迷ってたやろな」
 桐原の言葉を聞き、友彦はどう答えていいのかわからなくなった。こんなふうに三文小説風にしゃべるというのも、いつもの桐原からは考えられないことだった。昔の恩人に会って、神経が昂《たかぶ》っているということだろうかと思った。
「で、その大切な恩人が何のために今頃やってきたんや。いやそれより、桐原がここにいるということがなんでわかったんやろう。桐原のほうから連絡したのか?」
「そうやない。あの人のほうが、俺がここで商売をしてることを知って、訪ねてきたんや」
「どこで知ったんや?」
「それがな」桐原は片方の頬を微妙に歪めた。「金城から聞いたらしい」
「金城?」嫌な予感が胸に広がるのを友彦は感じた。
「この間、おまえと話したな。仮にスーパーマリオの海賊版を作れたとして、どうやって売るつもりなのかということを。その答えが見つかった」
「何か、からくりでもあるのか」
「からくりなんていう大層なものやない」桐原は身体を揺すった。「簡単な話や。要するに、ガキにはガキなりの裏取引の場があるということらしい」
「どういうこと?」
「松浦さんは、ちょっとやばい商品専門のブローカーをしてるという話や。扱う品物に制限はない。どんなものでも金になると思たら仕入れるし、売りさばくそうや。特にこのところ力を入れているのが、子供向けのゲームソフトらしい。スーパーマリオなんかは正規の店では品薄やから、実際の価格よりさほど値下げせんでも飛ぶように売れていくという話やった」
「あの人は、どこからマリオを仕入れてるんや? 任天堂に何か特別なパイプでも持ってるのか」
「そんなものはない。ただし特別な仕入先があるらしい」桐原は意味ありげに、白い歯を見せた。「それはふつうのガキや。ガキが、松浦さんのところに持ち込んでくるらしい。ではそのガキ共は、どこで入手してくるか。お笑いやぞ。ガキ共は万引きしたり、持ってるガキのをカツアゲするんや。松浦さんの手元には、三百人以上の悪ガキの名前を載せたリストがあるそうや。その連中が、定期的に自分らの獲物を売りに来る。それを市価の一割から三割程度の値段で買い取って、別のガキに七割程度の値段で売るわけや」
「偽物のスーパーマリオも、その店で売りさばくということか?」
「松浦さんはネットワークを持ってる。似たようなブローカーが何人もいるそうや。そういった連中に任せたら、スーパーマリオなら五千や六千は、たちどころに売りつくしてしまうという話やった」
「桐原」友彦は小さく右手を出した。「やらないという話だったよな。今度ばかりは、危なすぎるということで、俺らの意見は一致してたよな」
 友彦の言葉に、桐原は苦笑を浮かべた。その笑いの意味を友彦は汲《く》み取ろうとしたが、真意はわからなかった。
「松浦さんは」桐原が話し始めた。「金城から俺のことを聞いて、昔自分が働いていた質屋の息子だと気づいた。それで、俺の説得係としてここへ来たわけや」
「それでまさか、説得されたわけやないやろ?」友彦は、しつこく尋ねた。
 桐原は太いため息をついた。それから少し身を乗り出した。
「これは俺一人でやる。おまえは一切ノータッチでええ。俺のすることには、完全に無関心でいてくれ。弘恵にも、俺が何をしてるかは気づかれんようにしてくれ」
「桐原……」友彦は首を振った。「危険やぞ。この話はやばい」
「やばいことはわかってる」
 桐原の真剣な目を見つめ、友彦は絶望的な気分になった。こんな目をした時の彼を説得することなど、自分には到底無理だと思った。
「俺も……手伝うよ」
「断る」
 だけど、やばいよ、と友彦は口の中で呟いた。
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