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赤い指(29)

时间: 2017-02-02    进入日语论坛
核心提示:(29)  松宮が戻ってきて、外にいる捜査員たちに直巳と八重子の身柄を引き渡したことを加賀に伝えた。昭夫は項垂れたままでそ
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(29)
 
 松宮が戻ってきて、外にいる捜査員たちに直巳と八重子の身柄を引き渡したことを加賀に伝えた。昭夫は項垂れたままでそのやりとりを聞いた。
 政恵は再び縁側で座っている。春美も隣に付き添っている。何分か前の光景に戻っていた。しかしその短い時間に、この家のすべてが逆転してしまった。
 昭夫はゆっくりと立ち上がった。身体が鉛のように重かった。
「私もそろそろ行かなければ」
「何かいい残すことはないんですか」加賀は訊いた。「おかあさんと妹さんに」
 昭夫は首を振り、足元の畳を見つめた。
「まさか、母親があんなことをしているとは思いませんでした。お化粧ごっことはねえ。昨日、妹からそんな話を聞かされてたんですが、まるで気にしていなかった。それが命取りになるとはね」自嘲の笑みを漏らした。
 春美の近づく気配があった。昭夫は顔を上げた。彼女は唇を噛んでいた。頬には涙が伝っている。充血した目が大きく見開かれた直後、彼は頬に衝撃を受けていた。何が起きたのか、すぐにはわからなかった。自分の頬が熱くなっていくのを感じ、ひっぱたかれたのだと自覚した。
「すまない」頬の痺《しび》れを感じつつ、彼は頭を下げた。「こんなことになって……」
 春美は大きく首を横に振った。
「お兄さんが謝る相手はあたしじゃないでしょ」
「えっ……」
「前原さん」加賀が春美の横に立った。「あなたには、まだ本当のものが何ひとつ見えていないようですね」
「本当のもの?」
「最後の最後になって、あなたが過ちに気づいてくれてよかったと思います。でもね、あなたは肝心なことを知らない」そういうと加賀はビニール袋に入った口紅を見せた。「私は先程妹さんに会いに行った時、次のようにお願いしたんです。あなたが隠していることは、私がいいというまでは決して口にしないでください、とね」
「隠していることって……」
「私はさっき、少し嘘をいいました。口紅については、正確にいうと、妹さんにこのように訊いたのです。おかあさんから口紅を預かっていませんか、とね。預かっているということだったので、ではそれを持ってきてくださいと頼んだのです」
 加賀のいっていることの意味がよくわからず、昭夫は困惑して春美を見た。
 彼女はいった。
「あの口紅は、あたしのものじゃないのよ。おかあさんが前から持っていたものなの」
「お袋の? だけど、おまえが持っていたんだろ」
「昨日、この家の庭で拾ったのよ」
「庭で?」
「電話があって、庭の植木鉢の下に口紅を隠しておくから取りに来てほしい、そうしてしばらく預かってほしいって。わけはいずれわかるだろうから、とにかくいうとおりにしてほしいということだった」
「えっ、どういうことだ」昭夫は混乱し始めていた。「電話って、誰から?」
「ケータイ、持ってるのよ。あたしが買ってあげたの」
「ケータイ?」
 春美は悲しそうに眉根を寄せた。
「まだわからないの?」
「何が──」そういった時、ある直感が昭夫の頭に閃《ひらめ》いた。
 だが次の瞬間、彼はそれを否定しようとした。あまりにも信じがたいことだったからだ。しかしすべての状況は、その考えを受け入れよと彼に求めていた。
「まさか」彼は縁側に目を向けた。
 政恵は先程までと同じ格好でうずくまっていた。置物のように動かなかった。
 まさか、と彼はもう一度呟いた。
 辻棲は合う、と思った。息子夫婦の企《たくら》みを知り、彼女は計略を破綻《は たん》させる方法を考えた。そこで思いついたのが、あの赤い指だ。警察は必ず、いつ塗ったのかを問題にする。口紅を春美に預けてしまえば、塗られたのは事件前だと判断される。つまり犯人は政恵ではありえない、となる。
 しかしこの仮説が成立するためには、大きな前提が| 覆 《くつがえ》されなければならない。
 お袋はぼけてなどいないのか──。
 昭夫は春美の顔を見た。彼女の唇は、何かを訴えるように震えていた。
「おまえ、知っていたのか」
 春美はゆっくりと瞬きした。
「当たり前でしょ。あたしはいつも一緒にいるのよ」
「どうしてぼけたふりなんか……」
 すると春美はゆらゆらと頭を振り、哀れみを込めたような目で昭夫を見た。
「お兄さん、こんなことになっても、まだその理由がわからないの? そんなことないでしょ」
 昭夫は沈黙した。彼女の指摘は的を射ていた。彼にはすでに答えがわかっていた。
 この家に越してきてからのことが脳裏に蘇った。八重子の冷淡な振る舞い。それにひきずられるように昭夫も老いた母親を疎《うと》ましく思うようになった。そんな両親を見て、息子がまともに育つはずがない。直巳は祖母のことを、何か汚いもののように扱っていた。昭夫も八重子も、それを注意しなかった。
 それだけではない。この家の住人たちの間には、心の繋がりというものが全くなかった。家族らしい暖かみなど、ここには存在しなかった。
 そんな状況に政恵は絶望したのだ。その結果彼女が選んだ道は、自分だけの世界を作り、その中には家族たちを入れないというものだった。唯一、それが許されたのが春美だった。おそらく政恵は彼女といる時が一番幸せだったに違いない。
 ところが昭夫たちは、政恵のその演技を見破れなかった。それだけでなく、その演技を利用しようとした。昭夫は、政恵を前にして八重子と話し合っていた時のことを思い出した。
「大丈夫よ、これだけぼけてるんだから、警察だって詳しいことを調べようがない。家族であるあたしたちが証言すれば、それを信用するしかないじゃない」
「問題は、ぼけ老人がなぜ女の子を殺したかってことだ」
「ぼけてるんだから、何をするかわからないわよ。そうだ、おかあさんは人形が好きだから、人形を壊すようなつもりで殺しちゃったってことにしたらどうかしら」
「罪はそう重くないはずだよな」
「罪になんて問われないんじゃないかしら。精神鑑定というのがあるじゃない。あれをしてもらえば、この婆さんがまともじゃないってことはわかるはずよ」
 あの会話を、政恵はどんな思いで聞いていたのだろう。その後もぼけたふりをしていた彼女の胸の内には、どんな怒りと悲しみと情けなさが渦巻いていたことだろう。
「前原さん」加賀がいった。「おかあさんは、あなた方が間違った選択をしないよう、無言で信号を送り続けていたんです。最初に手袋をはめた時のことを覚えていますね。あの手袋には異臭が染みついていました。ここが犯行現場だとおかあさんは私に知らせてくれたのです。ところが我々があなた方を疑い始めると、あなた方は新たな過ちを重ねようとした。そこでおかあさんは赤い指の仕掛けをすることにしたんです」
「私を罠《わな》にはめるために……ですか」
「そうではない」加賀は厳しい口調でいった。「どこの世界に息子を罠にはめようとする母親がいますか。あなたに思いとどまってもらうために、です」
「お兄さん、昨日、あたしがいったでしょ。おかあさんは最近お化粧ごっこをするって。もちろんおかあさんにそんな癖なんてない。あれもおかあさんからの指示だったの。どうしてそんなことをいわなきゃいけないのか、あの時にはさっぱりわからなかった。でも、今はわかる。あの話を聞けば、きっとお兄さんはおかあさんの手を調べる。指に口紅が塗られていることに気づけば、お兄さんとしては拭き取らなきゃいけない。その時におかあさんは抵抗するつもりだったのよ。ぼけたふりを続けたままでお兄さんに計画を断念させるには、それしか方法がない。おかあさんはそう考えたのよ」
 昭夫は手で額を押さえた。
「そんなこと……考えもしなかった」
「あなた方は自分で仕掛けた罠に自分ではまったのです」加賀は静かにいった。「妹さんに会い、話し合いました。私は、あなたに目を覚ましてほしかった。我々がおかあさんを警察に連れていく前に、自ら計画を断念してほしかった。それがおかあさんの願いでもあるからです。おかあさんはその気になればいつでも計画を阻止できた。認知症が演技であることをあなた方に告白するだけでよかった。それをしないのは、一縷《いちる 》の望みをあなたにかけていたからです。我々はその思いを尊重したかった。どうすればあなたの目を覚まさせられるか、妹さんと二人で考えました。妹さんはいいました。おかあさんの杖を見せたらどうだろう、と」
「杖……」
「おわかりですね。あの鈴のついた名札です。おかあさんがあれを大切にしていたことを妹さんも御存じだったのです。アルバムと杖、この二つを見ても何も感じないのなら、もう仕方がない、というのが妹さんの意見でした。あなたが杖をおかあさんに渡した時、正直いって私は諦めました。でも、よく思いとどまってくださった。あなたが謝罪する声は、おかあさんの耳にも届いているわけですから」
「加賀さん……あなたはいつ母がぼけてないことに……」
「無論、赤い指先を見た時です」加賀は即座に答えた。「なぜ指先を赤く塗ったのだろう、いつ塗ったのだろうと思い、おかあさんの顔を見た時です。その時、目が合いました」
「目が……」
「おかあさんの目は、しっかりと私を見ていました。何かを語りかけてくるのがわかりました。あれは何も考えていない人間の目ではなかった。前原さん、あなたはおかあさんの目を真剣に見つめたことがありますか」
 加賀の言葉の一つ一つが、重い| 塊 《かたまり》となって昭夫の心に沈んでいった。その重みに耐えきれず、彼はその場にしゃがみこんだ。畳に両手をつき、縁側を見た。
 政恵は動かず、庭のほうを向いていた。しかしこの時になって昭夫は初めて気づいた。年老いた母親の丸い背中は、小刻みに震えていた。
 昭夫はそのまま突っ伏し、畳に額をこすりつけた。涙がとめどなく溢れた。
 古い畳の匂いがした。
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