チャイムを二度鳴らしたが、返事がなかった。
「留守かな」と草薙はいった。
「でも、台所の窓が開いてるぜ」湯川はその窓の下に立ち、背伸びを試みた。すぐに彼の顔色が変わった。
「どうした」と草薙は訊いた。
「悲鳴だ」と湯川はいった。「女の悲鳴が聞こえた」
「なにっ」草薙はドアを開けようとした。だが鍵がかかっていた。またドアは、体当たりぐらいでは壊れそうにないスチール製だった。
「合理的にいこう」湯川は台所の窓を大きく開けると、その場でしゃがみこんだ。自分を踏み台にしろという意味らしい。
「すまん」草薙は彼の肩に足をかけると、上半身を窓に突っ込ませた。
室内に人はいなかった。だがすぐに、風呂場から人の喚き声が聞こえることに気づいた。草薙は風呂場のドアを開けた。
全裸の男が、服を着た若い女に襲いかかっていた。女の服はずぶ濡れだった。それでも何とか浴槽から這い出ようとするのを、男が押さえつけようとしていたのだ。
草薙は男の肩を掴むと、外に引きずり出した。男は畳の上で尻餅をついた。
女のほうは浴槽に下半身を沈めたまま、顔をひきつらせていた。どちらもはあはあと全身で息をしていた。
「一体どういうことなんだ」草薙は二人を見ていった。
湯川が、ようやく窓から侵入してきた。彼はゆっくりと風呂場に近づくと、手にハンカチを持ち、床に転がっている超音波加工機を拾いあげた。
「面白い話が聞けそうじゃないか」と彼はいった。
草薙は全裸の男を見た。男は女を見つめていた。
「本当に腐っていたのは」男は呟いた。「君の心だ」
草薙は女を見た。女はゆっくりと身体を水の中に沈め、瞼を閉じた。