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第一章 月琴島(4)_女王蜂(女王蜂)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示: 智子はまた山白合のいっぽんを投げおとす。いっぽん、また、いっぽん、智子はそのたびに口のうちで何やらとなえる。やがて最後
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  智子はまた山白合のいっぽんを投げおとす。いっぽん、また、いっぽん、智子はそのたびに口のうちで何やらとなえる。やがて最後のいっぽんを投げおわったとき、智子はよろめくようにしゃがんだ。そして、両手で顔をおおうたまま、ずいぶん長いこと身動きをしなかった。やがてかすかな嗚お咽えつの声が唇をもれ、指のあいだから真珠のような涙があふれてくる。
 突然、智子はギョッとしたように嗚咽の声をのみ、両手を顔からはなすと、ハンケチを出してあわてて涙をふいた。そして、すっかり涙をふきおわったところで、立ちあがって、ゆっくりうしろをふりかえったが、そのとたん、彼女は思わずおどろきの眼をみはったのである。
 果たしてそこにはひとが立っていたが、それは智子の思いもよらぬ、世にも異様な人物だった。
 そのひとは白衣を着て、水色のはかまをはき、うえに黒い羽織を着ている。髪の毛はながくのばして、両の肩にたらしている。顔にはひげを長くのばして、漆しつ黒こくの顎あごひげが、胸のへんまでたれている。身のたけは五尺八寸くらいもあろうか。たくましい、堂々とした体たい軀くをしていて、容よう貌ぼうもみにくいほうではない。鼻がたかく、眉まゆがひいで、大きな口はいかにも意志の強さを思わせるようである。としは四十前後だろう。
 そのひとは、椿林のほとりに佇たたずんで、くいいるような眼まな差ざしで、智子の顔を凝ぎよう視ししている。炯けい々けいという形容詞は、おそらくこういう目付きにつかうのだろう。しかも、その眼は磁石のような一種の魔力をもっていて、視みつめられると、どうしてもその眼を視かえさずにはいられず、相手がなんとかしてくれないかぎり、どうしても視線をそらすことができなかった。智子はそれが恐ろしかった。
 怪行者──智子はそう思ったのだ。行者以外にだれがこのような魔力をもっていよう──は、やっと智子の気持ちに気がついたのか、にわかに凝視をやわらげる。とたんに智子は、脳貧血を起こしたように少しふらついた。
「あんたは大道寺の智子さんだね」 太い、さびのある、よく鍛えられた声だった。無言のまま会え釈しやくをして、いきすぎようとした智子は、思わずギクリと立ちどまる。
「やっぱり親子は争えんもんじゃ。どこかおっ母さまに似たところがある。おっ母さまもきれいじゃったが、あんたのほうがまだ美しい」 智子はびっくりして、相手の顔を見直そうとしたが、すぐ気がついて視線をそらした。
相手の凝視に射すくめられることを懼おそれたのである。
 智子はたゆとうような声で、「あたしの母を御存じでございますか」 相手はしかし、それにはこたえず、「智子さん、あんたはここで何をしていなすった。わしはさっきから、あんたの様子を見ていたが、あんたはここから花をなげて、お祈りをしていたようだが……」 こんどは智子がこたえなかった。相手もしばらくだまっていたが、やがて憐あわれむように、「世間の口には戸が立てられぬ。おうちのひとはかくしていても、やはり誰かがしゃべったのじゃな。あんたはここが自分にとって、どういう場所だか知っていると見える」 智子ははっと顔をあげた。ある切迫した感情のために、相手の凝視をおそれることも忘れてしまった。声をふるわせて、「あなたは……あなたはそれを御存じでございますか?」 怪行者はうなずいて、「知っている。ここはあんたのお父ッつぁまの終しゆう焉えんの場所じゃ。あんたのお父ッつぁまはその崖ぶちの、羊し歯だを採集しようとして、あやまって下に顚てん落らくして死なれたのじゃな。だが、そのことはあんたも知っていなさるのだろう」 智子ははげしく身ぶるいをした。そしてあえぐように、「いいえ、いいえ、存じません。詳しいことは存じません。ただ、いつか、そんな話をきいたような気がして……でも、……でも、……それでは東京にいる父はどうなるんですの。戸籍を見ると、あたしはあのかたと、母とのあいだにうまれたことになっているのに……」 怪行者はちょっとためらったが、すぐまた思いなおしたように、「いずれはわかることじゃで……。いや、あんたはもう、うすうす知っているのじゃろう。東京にいるひとが、あんたのほんとのお父ッつぁまではないことを。……あんたのほんとのお父ッつぁまは、あんたがまだうまれぬまえになくなった。しかも、あんたのお父ッつぁまとおっ母さまは、正式には結婚していなかった。だからお父ッつぁまが死なれると、おっ母さまはいそいで東京にいるひとと結婚なすったのじゃ。それでないと、うまれてくる子が私生児ということになるでな」「ああ、それで……」 智子は少しよろめいた。何かしら頭のなかを、熱いものが火を吹いて、渦巻いているような感じであった。
「それで……それで……あたしのほんとうの父はどういうひとなんですの。どこの、何んというひとですの」 怪行者の眼には、一種異様のかがやきがあった。まじまじと智子の顔を見まもりながら、「それは知らん。いや、誰もそれを知っているものはない。それを知っているのは、東京にいるいまのあんたのお父ッつぁまだけだ。あんたのほんとのお父ッつぁまというひとは、神秘のひと、──謎なぞの人物じゃったな」 怪行者はそこまでいうと、肩をすくめ、くるりと向こうへむきなおった。智子はそれに追いすがるようにして、「あなたはどなたです。お名前をおっしゃって……」「いまにわかる。あしたまたお眼にかかろう」 怪行者はふりむきもせず、そのまますたすた、椿林のあいだをぬうてあるいていった。
紫いろの夕ゆう靄もやが、みるみるそのからだをくるんでいく。…… 智子はまためまいを感じて、思わず椿の枝にとりすがった。
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