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第二章 開かずの間(10)_女王蜂(女王蜂)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示: 蝙蝠はどこへ消えたのか。いやいや、果たして蝙蝠は消えたのであろうか。  佳人南方より来らん ホテル松しよう籟らい荘そう
(单词翻译:双击或拖选)
 蝙蝠はどこへ消えたのか。いやいや、果たして蝙蝠は消えたのであろうか。
  佳人南方より来らん ホテル松しよう籟らい荘そうの浴場で、金田一耕助にギリシアの神と折り紙をつけられた多門連太郎は、昼食を食堂でとると、そのあとしばらく、たばこをくゆらせながら、ホテルの庭を散歩していたが、やがて二階にある自分の部室へかえって来たところを見ると、なんとなく顔色がすぐれなかった。
 どういうものか、かれはこのホテルへ投宿して以来、いちども食堂へ顔を出したことがなかった。なるべくひとと顔をあわせたくないらしく、食事なども三度三度、部屋へはこばせていたのだが、どういう風の吹きまわしか、今日、はじめて食堂へ出る気になったのである。ところが、それがやっぱりいけなかったらしい。部屋へかえってきたときのかれの顔色をみると、ギリシアの神のように特徴のある美び貌ぼうが、ひどくくもっているように見えた。
 連太郎はしばらく物思いに沈んだ様子で、部屋のなかをいきつもどりつしていたが、やがてフランス窓をひらいて、外のバルコニーをのぞいた。バルコニーには誰もいなかった。
 連太郎はフランス窓をしめると、部屋を横切って、こんどは廊下のドアをひらいて、外をのぞいた。廊下にも誰もいなかった。
 連太郎はドアをしめ、内側から鍵かぎをまわすと、部屋のなかへとってかえして、ベッドの下からスーツケースをとりだした。スーツケースには厳重に鍵がかかっている。
 連太郎はポケットから鍵を出して、それをひらくと、底をさぐって、一通の封筒をとりだした。連太郎はその封筒をもって立ちあがると、もういちど、部屋のなかを見廻したのち、封筒のおもてに眼をおとす。どこにでも売っているような、白い、四角な横封なのだ。
 そしてその表には、 銀座西四丁目 キャバレー赤い梟レツド?アウル気き付つけ 日ひ比び野の謙けん太た郎ろう殿 と、明らかに筆ひつ蹟せきをくらますためらしい、くねくねとした、みみずののたくったような字で書いてある。
 連太郎はその書体から、何かを透視しようとするかのように、瞳めをこらして、しばらく封筒のおもてを凝ぎよう視ししていたが、やがて、かすかに首を横にふると、すでに口の切ってある封筒から、なかみを取り出してひらいた。
 これまた、どこにでも売っているような、安っぽい、平凡な便びん箋せんなのである。
そして、そこにも、くねくねとした、みみずののたくったような文字が、なすりつけるように書いてある。
 多門連太郎よ。
 君はこの手紙を受け取りしだい、伊豆修善寺へおもむいて、ホテル松籟荘に投宿しなければならぬ。
 そして、そこに数日滞在するならば、世にも美しき佳人の、南方より来るにめぐりあうであろう。その佳人こそは君が未来の妻である。
 但ただし、心せよ、君には多くの競争者のあることを。
 多門連太郎よ。
 君にしてまこと男子ならば、堂々とそれらの競争者とたたかい、かれらをやぶり、絶世の佳人を獲得せよ。
 多門連太郎よ。
 強かれ、退く勿なかれ、進撃せよ。但し君は今後絶対に、日比野謙太郎であってはならぬ。
 差し出し人の名前はなくて、追伸として、 支度金及び旅費として金十万円、ならびにホテル松籟荘への紹介状を、同じく赤い梟気付の小包として送る。
 何度も何度も読まれたらしいその手紙を、いままた二、三度読みかえすと、多門連太郎はそれをわしづかみにしたまま、しばらくじっと考えこむ。
「とにかく、問題は……」 連太郎はふとい眉まゆをひそめると、ひとりごとのように呟つぶやいた。ふかいひびきのある声である。
「おれが多門連太郎だということを、誰かが知っているということだ」 それからもう一度、便箋のおもてに眼をおとすと、「それにしても、おれをいったいどうしようというのか。十万円はなんのための投資なのか。この手紙の差し出し人はどういうやつで、いったい何をたくらんでいるのか」 連太郎は手紙を封筒におさめると、しばらくためらうように考えこんでいたが、やがて決心したように、きっと唇をかみ、マッチをすると封筒のはしに火をつけた。
 火はまたたくうちに燃えあがって、めらめらと不思議な手紙をくるんでいく。
 連太郎は指がこげつきそうになるまで、封筒の一端をつまんでいたが、やがて手をはなすと、手紙はいちだんの焰ほのおとなって床にまいおち、みるみるうちに黒い灰になっていく。
 連太郎は注意ぶかく、それを靴の爪つま先さきでふみにじると、スーツケースのなかから、ひとたばの紙幣をとりだした。連太郎はフランス窓のほうへ眼をやったのち、指で紙幣をかぞえはじめる。紙幣は千円札で四十二枚あった。たぶんあとの五十何枚かは、支度金としてつかったのであろう。
 連太郎はその紙幣を三つにわけて、あちこちのポケットにねじこんだ。
「とにかく、用心にしくはない。いつなんどき尻しりがわれて、逃げ出さなきゃならんかも知れんからな。それにしても、悪いときに、悪いやつに出会ったもんだ」 紙幣をポケットにしまいこむと、いくらか安心したように、スーツケースの蓋ふたをして、こんどは鍵もかけずに、靴の爪先でベッドの下へおしこんだ。それからもういちど部屋のなかを見廻したのち、腕時計に眼をおとす。
 時刻はまさに一時ジャスト。──連太郎の唇が異様にねじれる。
「どれ、それじゃボツボツ出かけるとしようか。待たせちゃよくあるめえ」 ふてぶてしい声である。
 鍵穴にさしこんであった鍵をまわすと、ドアをひらき、廊下へ出て、すばやくあたりを見廻す。
 廊下には人影もなかった。
 連太郎はポケットからたばこを取り出し、口にくわえて火をつける。それから、いかにも所在なさそうに、両手をポケットにつっこんだまま、ぶらぶら廊下をあるいていくと、階段をのぼって三階へ出た。しかし、かれの用事のあるのは、三階ではなかったらしく、そこからさらにまた、屋上へ出るせまい階段をのぼっていく。
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