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第三章 発句屛風(5)_獄門島(狱门岛)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示: 清水さんは探るように耕助の顔を見ながら、「金田一さん、あんた逃げいでも大丈夫かな」 と、心配そうに尋ねた。「いや、逃げ
(单词翻译:双击或拖选)

 清水さんは探るように耕助の顔を見ながら、

「金田一さん、あんた逃げいでも大丈夫かな」

 と、心配そうに尋ねた。

「いや、逃げるのはよしましょう。逃げたところで、テンモーカイカイですからな。あっ

はっはっは」

 耕助はうれしそうに笑った。清水さんはふうんと疑わしそうに鼻を鳴らして、

「実はな、金田一さん、今朝潮つくりの竹蔵から、昨夜の話をきいたとき、私はすぐにあ

んたをひっくくろうかと思った。昨夜磯川警部からきいたこともありますからな。あんた

はたしかに警察の飯を食うたことのある人物ですな。それも警部の口ぶりからすると、よ

ほどの大物にちがいない。……」

 耕助はおかしさをかみ殺した。

「なるほど、なるほど、ごもっともで。しかし、まだ私をひっくくろうとなさらないとこ

ろをみると、思い直されたとみえますね」

「それですて。私もいろいろ考えてみたが、たったひとつだけ、腑ふに落ちんことがあり

ましてな。私の考えとあんたの立場はあべこべになっている。これが反対になっていた

ら、私は容赦なくあんたをひっくくるのだが」

「はて、反対というと?」

 耕助は驚いて清水さんの顔を見直した。いったい、この好人物のお巡りさんの頭に、な

にがえがかれているのだろう。

 清水さんは困ったように、しわしわと眼をまばたきながら、

「あんたは、鬼頭の本家の千万さんの戦友でしたな。そして、千万さんの意をうけて、こ

こへ来られたのでしたな」

「そ、そうですよ」

「それが私には困るのですて。その反対に、あんたがもしも、分家の一さんの戦友で、一

さんの頼みでここへ来られたんだったら、私の考えとぴったり合うから、すぐにもひっく

くってしまうのだが」

 耕助はまた驚いて、清水さんの顔を見直した。穴のあくほど凝視した。

「清水さん、それはいったいどういうわけです。分家の一さんの戦友なら、なぜ縛っても

よいのですか」

「金田一さん、おわかりにならんかな。本家の千万さんは死んでしもうた。これはもう公

報が入っているからまちがいない。さて千万さんが死んだからには、鬼頭のものはいっさ

い一さんのものになるかというと、おっとどっこい、そうはいかん、そこにはまだ、月

代、雪枝、花子という三人の娘がいる。これを片っぱしから順々に殺してしまわんことに

は──」

 金田一耕助は、突然、背筋をつらぬいて走る冷たいものを感じた。かれはしばらく、か

みつきそうな眼で、清水さんのひげ面をにらんでいた。それから押し殺したようなしゃが

れ声でいった。

「わかりました。それではあなたのおっしゃるのはこうですね。私がもし、一さんの戦友

で、一さんの意をうけてここへ来たものだとすれば、一さんから派遣された、一種の刺客

としての疑いをうける可能性があるわけなんですね」

「そうです、そうです。私の考えたのはそれですて。しかしあんたは──」

「いや、ちょっと待ってください。しかしあなたのその考えにはちと納得のいきかねると

ころがありますよ。まず、第一に、ビルマにいる一君には、ニューギニアにいる千万太君

の生死は絶対にわかりっこないということ。第二に、刺客をよこすとは、つまり共犯者を

つくるなんてことは、とても危険なことですよ。それよりも自分がかえってきて、自分の

手でこっそりやったほうが、よっぽど安全だと思いませんか」

「いや、私はそう考えません。むしろこれはいちばん安全なやりかたですよ。なぜって一

さんがかえってきて、それから、鬼頭の娘たちが順ぐりに殺されてごろうじろ。すぐ一さ

んに疑いがかかる。しかし、いまなら、一さんはまだビルマにいるんだから、だれも絶対

に疑やあせん。それにあんたも──あんたがかりに一さんの刺客として、じゃな──あんた

も、鬼頭家にはなんのゆかりもない人だから、これまただれも疑うものはない。──」

「しかし、しかし、さっきもいったように、ビルマにいる一さんには、千万太君が死んだ

ということは絶対にわかりようはない。──」

「だから、一さんはヤマをかけるんじゃ。千万さんの出征したことは一さんもよく知って

いる。こんな大きな戦争だから、千万さん、どこかで戦死しているかもしれんと考える。

そこで一足さきにかえる戦友に万事を託す。もし千万さんが生きていればそれでよし、も

し死んでいるようならば、自分がかえるまえに、生き残った三人の娘を殺してくれと。──

いやいや、ひょっとすると、千万さんが生きてかえっていたら、それを一番に殺してくれ

と託したかもしれん──」

 この恐ろしいことばが、好人物の清水さんの口から出るだけに、耕助のうける物すさま

じい印象はいっそう深刻だった。耕助は歯をくいしばり、息をのんで、しばらく茫ぼう然

ぜんとあらぬかたを凝視していたが、やがて瞳ひとみを清水さんのほうへもどすと、

「しかし、清水さん、あなたのその考えはまちがっていたのですね。私は一さんの友だち

ではなくて、千万太君の戦友なんだから、そのことはあなたも認めてくださるでしょう」

 清水さんはほうっとため息をついて肩をゆすった。

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