「認めますよ。実はさっき本家へ寄って、早苗さんにきいてきたんです。あんたの持って
きた添書、あれはたしかに千万さんの筆跡にちがいなかったかどうかと思ってね。早苗さ
んも勝野さんも、その点についてははっきり認めていましたよ。それで私はあんたを縛る
のはやめにしました」
「それはありがとうございます。しかし、清水さん。あなたはなんだって、そんな恐ろし
いことを考えたのです。一さんという人は、そんな恐ろしいことをやりかねない人物なん
ですか」
「私は知らん。なぜそんな恐ろしい疑いが、私の頭に宿ったのか私にもわからない。万事
はこの、いまいましい獄門島のせいでしょうよ。なあ、金田一さん、いつかも言うたとお
り、この島の住人どもは、みな常識では測り知れぬ奇妙なところを持っている。貝殻のよ
うな堅い鎧よろいのなかに、本土の人々などの思いもよらぬような、変てこな考えを包ん
でおりますのじゃ。それにあの戦争ですて。みんな大なり小なり気がちごうている。こう
いう私も気がちごうているのかもしれん。そうでのうて、こんな恐ろしい考えが私の頭に
宿るはずがない」
清水さんはそういって、かなしげに自分の首をなでながら左右へふった。
清水さんの考えは明らかにまちがっている。そのことはだれよりも耕助が、いままで一
という人物に、一度も会ったことのない耕助が、なによりの証拠である。しかし、さりと
て、清水さんのこの考えを、根も葉もない妄もう想そうだと笑殺し去ることができるだろ
うか。清水さんのこの考えのなかにこそ、最初にして、最後の、恐ろしい真実があるので
はなかろうか。
耕助はまた潮しお騒さいのように、遠雷のように、おどろおどろととどろきわたる、千
万太の臨終のことばを耳底にきいた。
──獄門島へ行ってくれ。三人の妹たちが殺される。いとこが──いとこが──
「やあ清水さん、御苦労さん」
耕助がぎっくりとしてふりかえると、お勤めを終わった了然和尚と了沢君が、本堂のほ
うからかえってきたところだった。ふたりとも寝不足のはれぼったい顔をしていた。
「了沢や、すぐに御飯の支度をしなさい。金田一さん、お腹がすいてるじゃろ」
それから和尚は清水さんのほうをふりかえると、
「清水さん、ひょんなげな事が起こったで、またあんたひと骨じゃ。死体は本堂のほうに
あるが、すぐ御覧になるかな。ああ、そうか、それじゃ大急ぎで飯を食うてしまうで、
待っていておくれ。金田一さん」
と、和尚は最後に耕助のほうへ向き直った。
「金田一さん、あんた夜が明けたら、足跡を調べてみると言うていなさったが、もう調べ
はすんだかな、ああ、朝寝坊をしていま起きたばかり──? あっはっは、これは無理のな
いところじゃて。だれしもゆんべは寝られやせん。あの騒ぎに、それにまたあの嵐あらし
じゃ。夜もすがら嵐をきくや裏の山。寺へ泊まった曾そ良らの句そのままじゃな。曾良は
あまり上手じゃないが、この句はすなおに感じが出ているて」
和尚はそれがくせの、古い俳句を引用すると、あっはっはっはと、寝不足のかわいた声
で笑った。
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