「ぼく、よく知りません。ひとにきくとそれはのうぜんかつらだというんですが、月代さ
んは愛染かつらだといってきかないんです。このつづら折れの、下の谷のやぶのなかにそ
の木があるんです。七月ごろ、赤い、かわいい花が咲きますので、月代さんは、この木に
ちかいを立てておくと、仕合わせが来るといって──」
川口松太郎君つくるところの「愛染かつら」は映画になって、日本じゅうの女の子の紅
涙をしぼらせた。「待てば来る来る愛染かつら」の歌は、いまもなお全国津々浦々にいた
るまで歌われている。獄門島に映画館はなかったけれど、笠岡にその映画が来たときに
は、別仕立ての舟を仕立てて、島じゅうの娘さんが見にいったそうである。そのなかでも
いちばん熱心なファンは、本鬼頭の三人姉妹で、かれらは笠岡の知り合いの家に逗とう留
りゆうして、その映画が上映されているあいだじゅう、毎日泣きに出かけたのであった。
「なるほど」
と、清水さんが感にたえたようにつぶやいた。
「待てば来る来るというわけですな。ところが昨夜は愛染かつらの効能もなく、月代さん
は待てば来る来るというわけにはいかなんだ。いかなんだも道理、花ちゃんがその手紙を
横取りしていたんですな。鵜飼さん、花ちゃんはあんたがたの秘密を知っていたんです
ね」
「そうでしょう、きっと。本家の三人姉妹のなかでは、花ちゃんがいちばんしつこいんで
すものね」
そういったのはお志保さんであった。
「いや、これで花ちゃんが、どうしてあの手紙を持っていたかがわかりましたが、──あ
あ、あそこへ村長がやってきましたよ」
村長の荒木真喜平氏は、相変わらずむつかしい顔をして、きっと口をへの字なりに結ん
だまま、山門からなかへ入ってきた。あとから竹蔵もついてきた。
「清水さん、どうも困ったことで、──電話はまだ通じないようじゃ」
村長は一同にかるく目礼すると、清水さんのほうを向いてそういった。
「電話? 電話がどうかしたのかね」
和尚は尋ねた。
「いいえね、実は今朝、事件をきくと、すぐ本署に連絡しようとしたんですが、あいにく
故障らしくて通じないんです。それで、村長さんにたのんできたんですが、電話が通じな
いとすると困りましたな。だれかに行ってもらうか、それとも連絡船にことづけるか。──
どっちにしてもおいそれというわけにはいきません。村長さん故障はなかなかなおりそう
にありませんか」
「海底に故障があるとすると、ちっとやそっとでは、──それで、本署からひとが来るのが
おくれるとすると仏ほとけをいつまでもここへおいとくわけにもいかず、一応、本家へ引
き取ったほうがよくはないかと思って、戸板をつらせて来たのじゃが和尚さん、こらどう
したもんでしょうな」
「そうよなあ。ゆうべのことは、みんなもよく見ているから、証人に不自由はない。これ
は清水さんの考えしだいじゃが、引き取ってもらってもええように思うな」
清水さんははなはだ当惑な面持ちであったが、談合のすえ、結局花子の死体はひとまず
本家へ引き取ることになった。
こうして獄門島の第一の犠牲者は、それから間もなく戸板にのせられて、千光寺の山を
下っていったが、第二の犠牲者が見えなくなったのは、実に、その晩のことであった。
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