二
劇場を出たのは、もう十時頃だった。空は相変らず曇って、ソヨとの風もなく、妙にあたりがかすんで見えた。二人共黙々として家路についた。Rがなぜ黙っていたかは、想像の限りでないが、少くも僕だけは、あんまり不思議なものを見た為に、頭がボーッとしてしまって、物をいう元気もなかったのだ。それ程、感銘を受けたものだ。さて、銘々の家への分れ道へ来ると、
「今日はいつにない愉快な日曜でした。どうもありがとう」
僕はそういって、Rに分れようとした。すると、意外にもRは僕を呼び止めて、
「いや、序にもう少しつきあって呉れ給え。実はまだ君に見せたいものがあるのだ」
という。それがもう十一時時分だよ。Rはこの夜ふけに、わざわざ僕を引っぱって行って、一体全体何を見せようというのだろう。僕は不審で堪らなんだけれど、その時のRの口調が、妙に厳しゅくに聞えたのと、それに当時僕は、Rのいうことには、何でもハイハイと従う習慣になっていたものだから、それからまたRの家まで、テクテクとついて行ったことだ。
いわれるままに、Rの部屋へはいって、そこで、釣りランプの下で、彼の顔を見ると、僕はハッと驚いた。彼は真青になって、ブルブル震えてさえいるのだ。何がそうさせたのか、彼が極度にこう奮していることは一目でわかる。
「どうしたんです。どっか悪いのじゃありませんか」
僕が心配して聞くと、彼はそれには答えないで、押入れの中から古い新聞の綴り込みを探し出して来て、一生懸命にくっていたが、やがて、ある記事を見つけ出すと震える手でそれを指し示しながら、
「兎も角、この記事を読んで見給え」
というのだ。それは彼の勤めていた社の新聞で、日附を見ると、丁度一年ばかり以前のものだった。僕は何が何だか、まるで狐につままれた様で、少しも訳が分らなかったけれど、取敢ずそれを読んで見ることにした。
見出しは「又しても首泥坊」というので、三面の最上段に、二段抜きで載せてあった。その記事の切抜きは、記念の為に保存してあるがね、見給えこれだ。
近来諸方の寺院頻々として死体発掘の厄に逢うも未だ該犯人の捕縛を見るに至らざるは時節柄誠になげかわしき次第なるがここにまたもや忌わしき死体盗難事件ありその次第を記さんに去る×月×日午後十一時頃×県×郡×村字×所在×寺の寺男×某(五〇)が同寺住職の言つけにて附近のだん家へ使に行き帰途同寺けい内の墓地を通過せる折柄雲間を出でし月影に一名の曲者が鍬を振って新仏の土まんじゅうを発掘せる有様を認め腰を抜かさん許りに打驚き泥坊泥坊と呼わりければ曲者もびっくり仰天雲を霞とにげ失せたり届け出により時を移さず×警察×分署長××氏は二名の刑事を従え現場に出張し取調べたる処発掘されしは去る×月×日埋葬せる×村字××番屋敷××××の新墓地なる事判明せるが曲者は同人の棺おけを破壊し死体の頭部を鋭利なる刄物を以て切断しいずこにか持去れるものの如く無慚なる首なし胴体のみ土にまみれて残り居れり一方急報により×裁判所××検事は現場に急行し×署楼上に捜査本部を設け百方手を尽して犯人捜査につとめたるも未だ何等の手掛りを発見せずと該事件のやり口を見るに従来諸方の寺院を荒し廻りたる曲者のやり口と符節を合すが如く恐らく同一人の仕業なるべく曲者は脳ずいの黒焼が万病にきき目ありという古来の迷信によりかかる挙に出でしものならんか去るにても世にはむごたらしき人鬼もあればあるものなり。
そして終りに「因みに」とあって、当時までの被害寺院と首を盗まれた死人の姓名とが、五つ六つ列記してある。
僕はその日、頭が余程変になっていた。天候がそんなだったせいもあり、一つは奇怪な芝居を見たからでもあろうが、何となく物におびえ易くなっていた。で、此いまわしい新聞記事を読むと、Rがなぜこんなものを僕に読ませたのか、その意味は少しも分らなんだけれど、妙に感動してしまって、この世界が何かこうドロドロした血みどろのもので、みたされている様な気がし出したものだ。
「随分ひどいですね。一人でこんなに沢山首を盗んで、黒焼屋にでも売込むのでしょうかね」
Rは僕が新聞を読んでいる間に、やっぱり押入れから、大きな手文庫を出して来て、その中をかき廻していたが、僕が顔を上げてこう話しかけると、
「そんなことかも知れない。だが、ちょっとこの写真を見てごらん。これはね、僕の遠い親戚に当るものだが、この老人も首をとられた一人なんだよ。そこの『因みに』という所に××××という名前があるだろう、これはその××××老人の写真なんだ」