「用事がすんだら、あれを出してくれ。例のおもちゃさ」
マスターは黙って寝室にはいり、押入れをあけて小型の自働拳銃を取り出して来た。
「きょうも使うんですか」
「ここで人殺しはしないだよ。ちょっと見せびらかすだけさ。たまはちゃんとはいっているがね」
二人でウイスキーの壜を半分にしたころ、下から合図があって、待っていた客がやって来た。オズオズと階段を上る音。やがて、顔を出したのは、三十才前後の、ちょっと愛くるしい洋装の女であった。
「さあ、どうぞ、こちらへ」
孝ちゃんが、表情を押し殺して、神妙らしく、その婦人を長椅子にかけさせた。園田は見向きもしないで、グラスをチビリチビリやっている。
「河合さんが、こちらへ来るようにおっしゃいましたので、園田さんというお方は…………」
「おれだよ」
園田が向き直って、女の顔をジロジロ見た。
「で、今度のことを見のがしてくれって、いうんだね」
「ええ、園田さんにお目にかかれば、許して下さると伺いましたので」女はせいいっぱいの勇気で物を云っている。何かよほど後暗い、ひけ目があるのだ。
「それで、見のがし代は?」
「わたくし、お金が自由になりませんので、やっとこれだけ」
園田はオズオズさし出す札束に目もくれなかった。
「金じゃあ駄目だよ」
「では、何をさしあげれば…………」
園田が目まぜをすると、マスターは立上って、部屋を出て行った。あとにピッタリドアがしまる。そして、階段のきしむ音。
園田はチラッ、チラッと女の顔を盗み見ながら、ピストルをおもちゃにしていた。カチッと弾巣をひらいて、実弾がはいっていることを見せびらかしたりした。
「お前さんに愛人ができていることを、ご亭主に知らせれば大変なことになる。愛人の方にも細君がある。だから、どうすることもできないんだ。そこがつけ目だよ。君はおれのいうことは、何でも聞かなきゃなるまい。証拠はすっかり揃っているんだ。私立探偵の河合は、おれの子分だからね。これをバラせば、お前さんは身の破滅だ。わかったね」
女は真青になって、ふるえていた。来なければよかったと後悔しても、もうおっつかないのだ。
「お前さん、ジーキルとハイドってのを知ってるかね。おれは、本当は心がけのいい人間だが、ハイドになると仕末におえねえ。人殺しなんか平気だぜ。ジーキル博士は薬を呑んだが、おれは薬なんか要らない。ちょっと手品を使えば、いつだってハイドになれる。血に餓えたハイドだ。慈悲もなさけもないハイドだ」
園田は歯ぐきをむき出しにして、ゲラゲラと笑った。自分が今、どんなに凶悪な面相をしているかと思うと、嬉しくてたまらなかった。
「因果なこったが、そうして、お前さんのような美しい女が、真青になってブルブルふるえ、おれを悪魔のように憎んでいるのを見ると、こたえられないんだ」
「じゃ、わたくし、どうすればいいんですの?」
キッと上げた目に涙がふくらんで、今にもこぼれそうだった。その目が憎悪に燃えていた。かよわい女の怒り、これが園田にとっては、この上もない愉しみであった。猫には抵抗する鼠ほどおいしいのである。
「ハイドはね、その人のいちばんいやがることをさせて、見物するのが好物なんだ」
園田は冗談のように、ピストルの筒口を女の胸に向けて、凶悪無残の相好を作りながら、低い力のこもった声を出した。
「服を脱ぐんだ。何も着ていないお前さんが見たいんだ」
礼儀というものにしばられたこの良家の妻が、どれほど困惑するか、どんなに恥しい、気まずい思いをして、一枚一枚彼女の服を脱ぐか、その、身も捻じれんばかりの醜態を、園田はピストルを構えながら、じっと待っていた。