私は五ヶ月の間二十日会の会員でありました。つまり五度だけ会合に出た訳です。先にも云う通り、一度入ったら一生止められない程の面白い会を、たった五ヶ月で止してしまったというのは、如何にも変です。が、それには訳があるのです。そして、その、私が二十日会を脱退するに至ったいきさつをお話するのが、実はこの物語の目的なのであります。
で、お話は、私が入会以来第五回目の集りのことから始まるのです。それまでの四回の集りについても、若し暇があればお話したく思うのですが、そして、お話すればきっと読者の好奇心を満足させることができると信ずるのですが、残念ながら、紙数に制限もあることですから、ここには省くことに致します。
ある日のこと、会長格の呉服屋さんが――井関さんといいました――私の家を訪ねて来ました。そうして会員達の家を訪問して、個人個人の会員と親しみ、その性質を会得して、種々の催しを計画するのが、井関さんのやり口でした。それでこそ初めて会員達の満足するような催しができるというものです。井関さんは、そんな普通でない嗜好を持っていたにも拘らず、なかなか快活な人物で、私の家内なども、かなり好意を持って、井関さんの噂をする程になっていました。それに、井関さんの細君というのが又、非常な交際家で、私の家内のみならず、会員達の細君連と大変親しくしていまして、お互に訪問をし合うような間柄になっていたのです。秘密結社とはいい条、別段悪事を企らむ訳ではありませんから、会のことは、会員の細君達にも、云わず語らずの間に知れ渡っている訳です。それがどういう種類の会であるかは分らなくとも、兎も角、井関さんを中心にして月に一度ずつ集会を催すということだけは、細君達も知っていたのです。
いつものことで、井関さんは、薄くなった頭を掻きながら、恵比須様のようにニコニコして、客間へ入って来ました。彼はデップリ太った五十男で、そんな子供らしい会などにはまるで縁のなさそうな様子をしているのです。それが、如何にも行儀よく、キチンと座蒲団の上へ坐って、さて、あたりをキョロキョロ見廻しながら、声を低めて、会の用談にとりかかるのでした。
「今度の二十日の打合せですがね。一つ、今までとは、がらりと風の変ったことをやろうと思うのですよ。というのは、仮面舞踏会なのです。十七人の会員に対して、同じ人数の婦人を招きまして、お互に相手の顔を知らずに、男女が組んで踊ろうというのです。へへへへ、どうです。一寸面白うがしょう。で、男も女も、精々仮装をこらして頂いて、できるだけ、あれがあの人だと分らないようにするのです。そして、分らないなりに、私の方でお渡ししたくじによって踊りの組を作る、つまり、この相手が何者だか分らないという所が、味噌なんです。仮面は前以てお渡し致しますけれど、変装の方も、できるだけうまくやって頂きたい。一つはまあ、変装の競技会といった形なのですから」
一応面白そうな計画ですから、私は無論賛意を表しました。が、ただ心配なのは相手の婦人がどういう種類のものであるかという点です。
「その相手の女というのは、どこから招かれる訳ですか」
「へへへへへへ」すると、井関さんは、癖の、気味悪い笑い方をして「それはまあ、私に任せておいて下さい。決してつまらない者は呼びません。商売人だとか、それに類似の者でないことだけは、ここで断言して置きます。兎も角、皆さんをアッと云わせる趣向ですから、そいつを明かしてしまっては興がない。まあまあ、女の方は私に任せておいて下さい」
そんな問答を繰返している所へ、折悪しく私の家内が、お茶を運んで来ました。井関さんは、ハッとしたように、居ずまいを正して、例の無気味な笑い方で、矢庭にヘラヘラと笑いだすのでした。
「大変お話がはずんでおりますこと」
家内は意味あり気に、そんなことを云いながらお茶を入れ始めました。
「へへへへへへ、少しばかり商売上のお話がありましてね」
井関さんは、取ってつけたように、弁解めいたことを云いました。いつも、そんな風な調子なのです。そして、兎も角、一通り打合せを済ませた上、井関さんは帰りました。無論、場所や、時間などもすっかり極っていたのでした。