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名探偵誘拐事件

时间: 2023-09-06    进入日语论坛
核心提示:名探偵誘拐事件科学雑誌社長品川四郎と寸分違たがわぬ泥棒があった。というお伽噺とぎばなしみたいな事実が、いつの間にかべらぼ
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名探偵誘拐事件


科学雑誌社長品川四郎と寸分たがわぬ泥棒があった。というお伽噺とぎばなしみたいな事実が、いつの間にかべらぼうに大きな、途方もない事件に変化して行った。
事件がすっかり落着してから、内閣総理大臣大河原是之おおかわらこれゆき氏は、(同氏もこの事件の被害者の一人であって、大切な一人息子を失いさえしたのだが)ある昵懇じっこんの者に述懐じゅっかいしたことがある。
「明智小五郎君は、日本国の、イヤ世界全人類の恩人である。若し彼が此度の大陰謀を未然に防いで呉れなかったならば、この日本は、イヤイヤ、英国にせよ、米国にせよ、仏蘭西フランス伊太利イタリー独逸ドイツも、或は露西亜ロシアでさえもが、その皇帝を、その大統領を、その政府を、その軍隊を、その警察力を、即ち国家そのものを、失わなければならなかったであろう。新聞記事をさし止め、風説の流布るふを厳禁したので、一般世人は何事も知らなかったが、彼等白蝙蝠団の陰謀は、例えば、コペルニクスの地動説、ダーインの進化論、或は銃砲の発明、電気の発見、航空機械の創造等に比すべく、吾人ごじん人類の信仰なり生活なりを、根底よりくつがえすていのものであった。
労働者資本家闘争の如き、さては虚無主義も、無政府主義も、この大陰謀に比べては、取るにも足らぬ一些事に過ぎない。彼等は爆薬よりも、電気力よりも、もっともっと戦慄すべき現実の武器を以て、全世界に悪魔の国を打ち建てんとし、しかもそれが必ずしも空論ではなかったのだから。
併し、事は未然に発覚し、今や白蝙蝠一味のものは、刑場の露と消えた。彼等の死と共に、彼等の本拠、彼等の製造工場は、跡方あとかたもなく焼きはらわれ、百年に一度、千年に一度の大陰謀も、遂に萠芽ほうがにして刈られてしまった。人類のため慶賀此上このうえもなきことである」
大体この様な意味であった。
これを伝聞した人々は強情我慢の大河原首相をして、この言をさしめた、大陰謀の内容に想到し、うたた肌の寒きを覚えたのである。が、それはのちの御話。
さて、前章では、明智小五郎に尾行された偽品川が、窮余の一策として、本物の品川の住居すまいに逃げ込み、その一室に顔を並べた寸分違わぬ両人が、我こそ品川四郎であると、互に主張してくだらず、流石の名探偵も、為すべきすべを知らなかったことを記したが、やがて段々取調べて行く内に偽品川の方は、はげそうになる化けの皮に、その場に居たたまらず、隙を見てこっそり逃出してしまった。
夢中になって、本物の品川を訊問じんもんしていた明智小五郎が、ふと気がつくと、もう一人の品川の姿が見えぬ。「さては、あいつが偽物であった」と、一飛びに表へ駈け出して見ると、一丁ばかり向うを走って行く人影。そこで、又しても追跡である。
曲り曲って、大通りに出ると、怪物の姿を見失ってしまった。丁度そこに客待ちをしていた自動車の運転手に尋ねると、運転手はいやにうつむいて、帽子のひさしの下から、その男なら、今向うへ走って行く自動車に乗ったというので、明智は当然その客待ち車に飛び乗って、追跡を命じる。型の如き自動車の追駈けだ。
十分も走ると、淋しい屋敷町にさしかかった。すると、どうしたことだ。明智の車がいきなり方向転換をして、もっと淋しい横丁へすべり込んだ。
「オイ、何をするんだ。先の車は真直に走って行ったじゃないか」
明智が呶鳴ると、運転手がヒョイと振向いた。
「ア、貴様は」
「ハハハハハハ、一杯喰ったね。イヤ、動いては為にならぬぜ。ほら、これを見給え」
クッションの上から、ニュッとピストルの筒口だ。悲しいことに明智は何の武器も用意していなかった。
あとで分ったことだが、あの咄嗟の場合、賊は機敏にも、さっき乗り捨てた一味の者の自動車に、運転手に化けて乗込み、借り物の外套で身を包み、借り物の帽子をまぶかにして、じっと網にかかる明智を待構えていたのだ。実に驚くべき早業だ。
怪物はピストルを構えたまま、運転台を降りて、客席に這入って来た。
「いくら、わめいた所で、こんな淋しい町で助けに来る奴はありゃしない。だが、念の為に鳥渡ちょっと我慢して貰おう」
ピストルで身動きも出来ぬ明智の鼻の先へ、パッと飛びついて来た白いもの、いつの間に用意したのか、麻睡薬ますいやくをしみ込ませたハンカチだ。
明智がじっとしている筈はない。一方の扉を蹴開けひらいて、反対側へ飛降りようとした。
「アア、馬鹿だね君は、求めて痛い思いをするのか」
云いながら、賊はゆっくりねらいを定めて、今飛降りようとする明智の右足を撃った。バンという変な音。だが、タイヤが破れた音ほど高くはない。一体ピストルなんて、そんな大きな音を立てるものではないのだ。
車から半身乗り出して、ぶっ倒れたまま、苦悶くもんしている明智の顔の前に、又もや丸めたハンカチ、いやな匂、併し、今度はもう抵抗する力もない。賊の為すに任せて、押しつけられた麻睡薬に明智は不甲斐なくも、意識を失ってしまった。
偽品川は、グッタリした探偵の身体を抱き上げて、クッションの上に横たえ、出血している足の傷口には、明智のハンカチで繃帯をしてやりながら、独言の様に呟く。
「明智君、君が追駈けてくれたお蔭で、非常に手数が省けたぜ。これで、連名帳の順序を変更しなくて済んだというものだ。君、まさか忘れやしないだろう。あの連名帳に打ってあった番号を。第一は、岩淵紡績社長宮崎常右衛門。それから第二番目は、素人探偵明智小五郎。つまり今度は君の番だったのさ。ハハハハハハハ」
賊は低く笑いながら、元の運転席に戻ると、何事もなかった様に落ちついた顔色で、ハンドルを握り、スターターを踏んだ。
車は、人通りもない淋しい屋敷町を、まっしぐらに、いずことも知れず走り去った。
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