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闇にうごめく(2)_人豹(双语)_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示: 薄暗い常夜燈の下に、人と犬とは黒い一つのかたまりとなって、鞠まりのようにころがりまわった。人も犬ももはや声さえ立てず、
(单词翻译:双击或拖选)
 薄暗い常夜燈の下に、人と犬とは黒い一つのかたまりとなって、まりのようにころがりまわった。人も犬ももはや声さえ立てず、恐ろしい沈黙のうちに闘った。
 だが、この段違いの争いは長くはつづかなかった。黒いかたまりが、パッタリ動かなくなって、ソロソロと立ち上がったのは恩田の影であった。立ち上がると、そのまま振り向きもしないで、立ち去った彼のあとに、グッタリと横たわっているのは、可哀かわいそうな犬の死骸しがいだ。
 神谷はその犬の死骸に近づいてみて、さらに戦慄せんりつを新しくした。犬は無残にも口を引き裂かれて、まっ赤な血のかたまりになって倒れていたのだ。ああ、なんという怪物だろう。あいつは人間ではない。人間がこんな残酷なまねをするものか。それにこの恐ろしい力はどうだ。あいつは犬の上顎うわあごと下顎に両手をかけて、メリメリと引き裂いたのに違いないが、なみなみの力でそんなことができるものだろうか。
 神谷は相手のあまりの残虐ざんぎゃくにおじけづいて、よほどそのまま引っ返そうかとも思ったが、彼の執念深い好奇心は、こわさに打ち勝って、両手に脂汗を握りしめながら、またも怪人の跡を追った。
 しばらく尾行して行くと、恩田は街道をそれて、雑木林ぞうきばやしの中の細道へ曲がった。そのまばらな雑木林のはるか向こうに、星空をくぎって、一とむらの森のようなものがある。その中にチラチラとあかりが見える様子では、立木に囲まれた人家に違いない。恩田はあの原中の一軒家へ帰るのであろうか。
 街道の常夜燈を遠ざかるにつれて、雑木林の中は、だんだんやみが濃くなって、その闇の中に黒い影を尾行するのは非常に困難であった。
 だが、やがて雑木林を出はずれると、どうしたことか、つい今しがたまで、おぼろげながらも見分けられた恩田の影を、パッタリと見失ってしまった。まぎれやすい林の中では、ちゃんと尾行していたのに、闇とはいえ眼界のひらけた星空の下に出てから、突然彼の姿が消えてしまったというのは、実に異様な感じであった。
 その辺は田や畑はなく、一面に荒れ果てた草むらになっていて、道らしい道もなく、夜露よつゆにぬれた枯草かれくさが気味わるく足にまとい、ともすれば水溜みずたまりに踏み込みそうで、歩くのも難儀であったが、神谷は、折角せっかくここまで尾行した怪物を、このまま見捨てて帰るのも残りしく、星空にすかして、四方を見廻みまわしながら、向こうの木立ちの中のあかりを目標に、おぼつかなく進んで行った。
 ふと気がつくと、二、三間向こうの草むらが、サワサワと鳴っていた。風かしら、風に枯草がなびいているのかしら。だが風にしては一か所だけに音がするのは変だ。彼は少し無気味になって、立ち止まって耳をすましたが、空にはやっぱり風が吹き渡っているのに、さいぜんの物音はパッタリやんでしまった。
 歩きだすと、また同じ方角から、サワサワと音が聞こえてくる。立ち止まると、パッタリやんでしまう。われとわが足音におびえているのかしら。いや、どうもそうではなさそうだ。試みに、足音を盗んでソッと歩いてみたが、やっぱりサワサワと草むらを分けて風の吹き過ぎるような音がする。
 都会の雑沓ざっとうから遠く離れた武蔵野むさしのの深夜は、冥府めいふのように暗く静まり返っていた。音といっては空吹く風、光といってはまたたく星のほかにはない。その、この世とも思われぬ暗闇くらやみの草原に、風とは別の物音が絶えてはつづいているのだ。
 神谷はあまりの無気味さに立ちすくんだまま、動けなくなってしまった。そして、音のした方角をじっと見つめていると、草むらのあいだに、りんのように青く底光りのする二つの玉が現われた。この寒い時分、ほたるがいるはずはない。へびでもない。闇にも光る猫属の眼だ。あの黒いひょうの眼だ。
 二つの光るものは、だんだん光を増しながら、じっとこちらをにらみつけて動かなかった。あいつだ。怪物はなぜか草むらに身を横たえて、神谷の姿をうかがっているのだ。
 実に長い長いあいだ、異様な暗中の睨み合いがつづいた。神谷はもう気力が尽きそうであった。恐ろしさに失神せんばかりであった。
 その時、ああ、その時、地上に伏した怪物が、人間の声で物を言ったのだ。まるで地獄の底から響いてくるような、陰気な声で物を言ったのだ。
「おい、すぐに帰りたまえ。おれは君なんかに干渉されたくないのだ」
 そして、燐光を放つ両眼が向きを変えて見えなくなると、黒い影が低く地上をったまま、サーッと草を分けて遠ざかって行った。彼は一度も立ち上がらなかった。立って走るのではなくて、両手を地面につけて、けだもののようにけ去ったのだ。
 神谷はわずかに残る気力を振いおこして、もときた道へと、息のつづく限り走った。十数年も忘れていた少年の心に帰って、何かに追っかけられでもするように、死にもの狂いになって逃げた。走っても走っても、逃げきれない悪夢の中のもどかしさを感じながら。

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