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喰うか喰われるか(1)_人豹(双语)_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:喰(く)うか喰われるか 明智は、まっ黒な重い水の中をもがき廻(まわ)っていた。もがけばもがくほど、泥沼の底へ底へと落ちて行く
(单词翻译:双击或拖选)

()うか喰われるか


 明智は、まっ黒な重い水の中をもがき(まわ)っていた。もがけばもがくほど、泥沼の底へ底へと落ちて行く。助けなければならない。文代さんがはだかにされて、からだじゅうに血を流して泣き叫んでいるのが、黒い水をとおしてハッキリと見える。早く助けなければ、早く、早く。だが、あせればあせるほど、グングンと水底深く落ちて行くばかりだ。
 実に長い長い時間、死にもの狂いの悪戦苦闘であった。(はげ)しい意志と眠れる脳細胞との汗みどろの戦いであった。そして、ついに彼はまっ黒な水の中から、軽やかな水面へと浮かび上がることができた。ふと現実の物音がよみがえった。何か非常に大きな物音であった。だが、間もなく、それは彼自身の耳鳴りであることがわかった。耳鳴りは徐々にその音を低めていって、やがて、耳鳴りのほかにはなんの物音もない静寂の中にいることがわかった。音ばかりではない。眼をひらくと、まだ悪夢のつづきのように、あたりは黒暗々(こくあんあん)(やみ)であった。
 次に彼はからだじゅうに異様な圧迫感をおぼえた。闇の中に横たわったまま、手も足も動かなかった。いや、身動きばかりではない。口をきくことさえもできなかった。妙な錯覚が起こった。おれは死んでしまったんじゃないか。そして、重い墓石の下に埋められているんじゃないか。
 だが、そのうちに、だんだん意識がハッキリしてくるにつれて、事の次第が判明した。あまりにもみじめな現在の立場が明らかとなった。
 明智小五郎ともあろうものが、からだじゅうをグルグル巻きに(しば)られて、その上固い猿ぐつわをはめられて、あかりもない暗黒の部屋の中にころがされているのだということが、ハッキリとわかった。
 眼をこらしてじっと見つめていると、やがて、闇の中にも少しずつ濃淡ができてきて、ボンヤリと物の形が見分けられるようになった。たぶん昼間彼が昏倒(こんとう)した部屋であろう、家具も何もない六畳ほどの畳敷きだ。ズーッと見て行くと、隣の部屋との境に、何か生きもののけはいがした。呼吸をしている。かすかにうごめくのが感じられる。
 突如として、そのものが、押えつけられたような声で、かすかにうめくのが聞こえた……人間だ。誰かが自由を失って倒れているのに違いない。
 だが、たちまち事の次第がわかった、ああ、そうだった。ここには神谷青年が縛られて監禁されていたのだ。昼間、思いもかけぬ神谷の姿に、ふと気を取られていた(すき)に、あの一撃をくらって、そのまま昏倒してしまったのに違いない。そして、知らぬ間に、彼も神谷と同じ縄目(なわめ)にかかって、こうしてころがされていたのに違いない。
「神谷君」
 うっかり声をかけたが、それはみじめな(うな)り声でしかなかった。猿ぐつわだ。口一杯の猿ぐつわだ。
 では、せめて神谷のそばまでころがって行って、縄を解く工夫をしようと身をもがいたが、縄の端が柱にくくりつけてあると見えて、もがけばもがくほど、縄目が()い入るばかりだ。
 玄人(くろうと)の縛りかただ。玄人の手にかかっては、一本の縄がいかに偉大な力を発揮するかを、明智はよく知っていた。これを解くのは智恵の問題ではない。腕力も玄人の縄目にかかってはせんすべがないのだ。彼はもうむだにもがくことをやめて、なるべく楽な姿勢で仰臥(ぎょうが)したまま、眼をつむってしまった。
 長い長い一夜であった。
 そのあいだに二度ほど、梯子段(はしごだん)をギシギシいわせて、階下から見知らぬ大男が、監禁者を見廻(みまわ)りにやってきた。
 その都度天井からぶら下がっている電燈が点ぜられた。
 そいつは、派手な色のアンダー・シャツを着た、六尺もあろうかと思われる大男であった。顔じゅうに無精(ぶしょう)ひげがモジャモジャした熊みたいなやつであった。むろん「人間豹」に頼まれた無頼漢(ぶらいかん)に違いない。
「気がついたかい」
 男は明智の顔を見おろして、ニヤニヤ笑いながら言った。
「フフン、探偵さん命拾いをしたね。じゃあ、まあ、おやすみ」
 彼は無慈悲にそんな事をいって、パチンと電燈を消した。
 やがて夜が明けて、雨戸の隙間(すきま)から明るい光がさしはじめた。部屋の中が夕暮ほどの明るさになった。それからまた長い時間がたって行った。見張りの男は夜が明けてからも二、三度上がってきたが、ジロジロと二人の監禁者を(なが)めるだけで、無言のまま降りて行った。彼の右手には思わせぶりなピストルが、スワと言えばぶっ放すぞと、威嚇(いかく)するように光っていた。
 先にもしるした通り、その空き家は浅草公園に接してはいるものの、不思議と(さび)しい場所にあった。うしろは煉瓦塀(れんがべい)を隔てて動物園だし、両隣は人も住めないほど荒れ果てた小屋同然の建物だし、前の往来も、片側は大きな料理屋の裏手になっていて、遊覧客の通るような道ではない。少しくらい大きな声を立てたとて、雨戸とガラス戸を越えて、うまく通りがかりの人の耳にはいるかどうかも疑わしい。しかも監禁者は二人とも厳重な猿ぐつわをはめられている。そのすき間から叫んでみたところで、瀕死(ひんし)の病人の(うな)り声ほどにしか響きはしないだろう。
 やがて、正午近くとおぼしきころ、例の猛獣みたいな大男が、一方の手にはピストル、一方の手には二本の牛乳の(びん)を持って、ギシギシと上がってきた。
「探偵さん、それから、そっちの兄ちゃん、君たちにちょっと相談があるんだよ」
 男は部屋のまん中にしゃがんで、二人の顔をジロジロ見おろしながら、しわがれ声ではじめた。

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