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熊(3)_人豹(双语)_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:「ヘヘヘヘヘ、怖(こわ)がることはない。まだ喰(く)いつきやしないよ」人間豹は毛皮をムクムクもてあそびながら、文代さんに近づ
(单词翻译:双击或拖选)

「ヘヘヘヘヘ、(こわ)がることはない。まだ()いつきやしないよ」
人間豹は毛皮をムクムクもてあそびながら、文代さんに近づいてきた。彼は「まだ喰いつきやしないよ」と言った。では、いつかはこの熊が生き返って彼女を喰い殺すというのだろうか。まさかそんなばかばかしいことが起こるはずはない。そういう意味ではなかったのだけれど、あとになって考えると、このなにげない言葉の中に、実に身の毛もよだつ恐ろしい暗示が含まれていたのである。
「これは熊の衣裳(いしょう)だよ。人間がこの中へはいって、四つん()いになって、熊のまねをするんだ。おれがはいるんじゃない。むろん君がこれを着るんだよ。そして、君はたった今から、熊になるんだ。恐ろしい猛獣になりきってしまうんだ。死んでしまうまで、もう二度と人間世界には戻れないのだ」
人間豹の語調はだんだんやさしく変って行った。そして、それと反比例して言葉の内容は恐ろしくなりまさった。
「さあ、いい子だから、おとなしく着更(きが)えをするんだよ。()ずそのバッチイのをぬいでと……」
恩田の無気味な指先が、文代さんのからだから裂け破れた半纏(はんてん)などを、一枚一枚とはがしていった。最初のうちは抵抗をこころみたけれど、相手の目的が一変してしまったのだから、さいぜんのように死力を尽す必要も感じなかったし、それに第一からだじゅうの力という力が(しぼ)り尽されて、これ以上の抵抗はまったく不可能であった。彼女はほとんど夢心地(ゆめごこち)のうちに着物をはぎとられ、その上から温かい熊の毛皮をスッポリとかぶせられてしまった。
毛皮の腹部を切りひらいて、シャツのように隠しボタンがつけてあるので、それを着てボタンをかけてしまうと、どこにも継ぎ目のない完全な生きた熊が出来上がる。人間の足と熊の後足とはむろん形が一致しないのだけれど、その部分に巧妙な細工がほどこしてあって、そとから見たところでは、少し後足が太い感じがするくらいで、そっくり本物の熊である。
「さあ、お熊さん、あんよだよ。あんよをするんだよ」
恩田は(ねこ)なで声で言いながら、いつの間に用意していたのか、猛獣使いの短い(むち)を取り出すと、恐ろしい勢いで、可哀(かわい)そうな熊のお(しり)(たた)きはじめた。しなやかな鞭が空気を切って、パン、パンと部屋じゅうに鳴りわたった。
熊の中の文代さんは、むろん()い出す気持などなかったけれど、じっとしていると、恩田が両手で腰を持ち上げて、グングン押すものだから、その惰性で二た足三足は這うことになる。それを何度も何度も繰り返しているうちに、この奇妙な人間熊は、とうとう部屋を一周してしまったのであった。
実におかしいとも恐ろしいとも名状のできない光景であった。空き家のように道具のないガランとした部屋の中、赤茶けた畳の上で、猛獣使いがはじまったのだ。大きな熊が芸当を仕込まれているのだ。
使われているのはほんとうの人間、皮一枚の下は美しい文代さんの丸はだかだ。そして、猛獣使いの方はというと、ハッピを着て二本の足で立ってこそいるものの、彼自身一匹の猛獣なのだ。豹の眼と豹の(きば)と豹の舌と、それから豹の心を持った獣人なのだ。途方もない漫画(まんが)である。世にも恐ろしい残虐(ざんぎゃく)な漫画である。
だが、「人間豹」は一体全体なにをしようというのであろう。ただ熊の皮を着せてもてあそぶのが最後の目的ではないらしい。文代さんの行く手には、もっともっと恐ろしいことが待ち構えているのに違いない。恩田は「死刑」という言葉を使った。それは果たしてどのような残虐を意味するのであろうか。
「では、きょうはこのくらいにしておきましょうね。さあ、さあ、お熊さんは(おり)の中でおとなしくしているんですよ」
恩田は熊を押入れに追い込んで、例のがんじょうな木箱の中へ抱き入れ、上から(ふた)をしてしまった。
「お熊さん、お腹がへったでしょうね。いま持ってきて上げますよ。お前の好物の(うさぎ)の生きたやつをね。しばらく待っているんですよ」
そして、ピシャンと押入れの(ふすま)がしまった。
文代さんはもう身動きすることも、見ることも、聞くこともできなかった。ただ地獄の暗闇(くらやみ)と、墓場の静寂があるばかりであった。墓場といえば、身じろぎもできない木箱の中は、なんとやら棺桶(かんおけ)を連想させた。しかも地底に埋められた棺桶を。
だが、まさか文代さんをこのままにしておいて餓死(がし)させるというのではあるまい。「人間豹」の死刑はそんな生やさしいものではないであろう。ああ、いったいあいつは何を考えているのだ。熊の皮がそれにどんな関係を持っているのだ。早く知りたい。いかほど恐ろしいことにせよ、知らないよりはましだ。想像の届かぬ恐怖には耐えられぬ。

 

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