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恐ろしき借家人(1)_人豹(双语)_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:恐ろしき借家人 お話は元に戻る。 愛妻文代さんの姿を見失った明智小五郎の狼狽(ろうばい)は無理もないことであった。名探偵だ
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恐ろしき借家人


 お話は元に戻る。
 愛妻文代さんの姿を見失った明智小五郎の狼狽(ろうばい)は無理もないことであった。名探偵だとて人間である。時には失策もすれば、狼狽もする。ただ彼の偉さは、精神的打撃を長引かせないことであった。たとえ失策をすればとて、結局においてはその失策を取り返してあまりあるほどの、智力と活動力を持っていることであった。かくのごとき人物にあっては、失策も失策ではない、狼狽も狼狽ではない。
 彼は現場付近を走りまわって、何かの手掛りを(つか)もうと(つと)めたが、見込みがないと悟ると、最寄りの商店の電話を借りて、事の次第をK警察署の捜査本部に急報した。ちょうど警視庁の恒川警部も来合わせていたので、充分手配を依頼することができた。
 それから少し落ちついた気持になって、彼は例の六区の交番にも立ち寄ったが、運のわるいことには、「人間豹」と応対した美男のおまわりさんは、ちょうど少し前に別の人と交替していて、テンカン女の事を聞き知るすべもなかった。もし明智があの奇妙な出来事を耳にしたならば、たちまち何事かを悟り、正確な捜査方針を立てることもできたのであろうが、ほんの一分か二分の()い違いのために、思いもよらぬ結果を()き起こすこととなった。
 文代さん捜索のことは、すでに恒川警部が手配してくれているのだけれど、明智ともあろうものが、愛妻の事件をお上まかせにしておくはずはなかった。彼は映画街を[#「映画街を」は底本では「映面街を」]中心に、(ある)いは表通り裏通りと、足にまかせて歩きまわった。それがもう日頃の冷静を失っている証拠(しょうこ)でもあった。彼は元来「足の探偵」ではなかったのだから。
 それからしばらくして、彼はとある裏通りの八百屋(やおや)の店の前に、なにげなくたたずんでいた。青物を並べた店先に、近所のおかみさんらしいのが三、四人買い物をしている。ふと気がつくと、その中の一人が妙なことをしゃべっていた。
「それが変なのよ、あんた。まるで顔も姿も見せないんですもの。あたしの所から三度の御飯を運んで行くでしょう。それをね、だまって台所の障子をあけて、板の間へ置いて帰るのよ。そうしてくれっていう固い約束なのさ。しばらくしてお膳を取りに行くでしょう。すると綺麗(きれい)に中身がなくなって、空のお(ひつ)とお膳とが、ちゃんと元の場所に出してあるのよ」
「まあ、いやだわねえ。そして、お前さん、その人を見たことがあるのかい」
「それがないんだよ。最初引越してきた人は、まあ立派な紳士だったんだけれどもね。どうもその人じゃないらしいの」
「へええ、なんだか気味がわるいみたいな話だわね。でも、あんた、どうして人が違うってことわかって?」
「手を見たのよ。顔は見ないけど手だけを見たのよ」
「手がどうしたっていうの?」
「けさね、あいたお膳を取りに行って、障子をあけるとね、少しあたしの行き方が早かったのさ、ちょうど御飯がすんだところと見えて、茶の間とのあいだの障子が細目にあいて、そこから(から)のお膳を板の間へ出している二本の手が見えたんだよ。その手がね、あたしのあけた障子の音にびっくりして、サッと引っ込んだかと思うと、いきなりピシャッと茶の間の障子をしめて、ガタピシ二階へ逃げて行く足音がしたんだよ」
「まあ、よっぽど人眼を忍んでいるのねえ。でも、その手だけを見て人違いとわかったの?」
「ええ、あたしゃ、あんな気味のわるい手は見たことがないわ。薄黒くって毛むくじゃらで、いやに筋張っていて、指が長くって、指の先にはまっ黒になった(つめ)が三分も伸びているのさ。最初あの家を借りた紳士は、決してそんな人柄じゃなかったのよ」
「いやねえ。じゃあその人、家にとじこもってて、そとへ出ないんだわね」
「ところが、時々はそとへ出るらしいのよ。それもこっそり出掛けるとみえて、ついぞ見かけたことはないんだけれど、でも、出掛けている証拠(しょうこ)には、いつの間にか二人になっているんだものね。どっかから女でも引っ張り込んだらしいのよ。そして、おかしいじゃないか。おひるのお膳の上に手紙がのっかっているのさ。晩から二人分持ってきてくださいって」
「あんた、それをほうっておくつもり?」
 聞き手のおかみさんが、声をひそめて、まじめな顔になって尋ねた。
「どうしようかと思っているのさ。うかつなことをしては、あとが怖いしね」
「でも、それがもしや、あれだったら」ぐっと顔を近づけてささやき声になって「人間(ひょう)だったら大変じゃないの?」
 ここまで聞けばもう充分であった。明智はいきなり話し手のおかみさんに近づいていって、彼の本名を名乗った。すると、おかみさんは、近頃評判の名探偵の名をよく知っていたので、スラスラと話が運んだ。
 そのおかみさんは付近の仕出し屋の主婦であった。お膳を運ぶ先というのは、つい四、五日前からふさがった小さな借家で、あんまりひどいあばら家なのと、裏は(へい)ひとえで「花やしき」の動物小屋だし、両隣はどっかの物置き場になっていて、なんとなく気味のわるい場所だものだから、長いあいだ借り手がつかなかったというのである。
 借り手は独身ものの立派な紳士であったが、おかみさんのところから三度の食事を運ぶこと、うちに人がいようといまいと、必ず一定の場所へお膳を置いて帰ること、決して台所から中へはいってはならぬことなどを固く約束して、一か月分の前金を支払った。しかし、現在住んでいるのは、今もいうとおり、決してその紳士ではないというのであった。
「僕が一度その家をしらべてあげよう。もし怪しいやつだったらすぐ警察に引き渡すし、そうでなかったら君のうちに迷惑のかからぬように、僕がうまくしてあげるから。どうだね。そこへ案内してくれないだろうか」
 明智が説き聞かせると、おかみさんはすぐさま承知して先に立った。そして家主にも諒解(りょうかい)を得てもらった上、問題の借家の台所口につくと、おかみさんを帰して、明智はただ一人、相手に悟られぬよう注意に注意して、ソッと屋内に忍びこんで行った。
 家の中はガランとして道具も人気(ひとけ)もなかった。音を立てぬように階下を調べ終ると、次には二階であった。おかみさんの話にもあったとおり、怪しい男は二階に住んでいるらしいのだ。
 明智は変装などする場合には、(こと)さら探偵七ツ道具を忘れなかった。小型ピストルもそのうちの一つである。彼はポケットの中でそのピストルを握りしめながら、ヤワな段梯子(だんばしご)を少しも音を立てないように、カタツムリみたいな速度でのぼって行った。
 だが、そうして長い時間を費やして、やっと階段の上に首を突き出してみると、案外なことには、二階も同じようにガランとして、いっこう人のいるけはいがしない。二た間きりの二階なのだが、開け放した(ふすま)のこちら側も向こう側も、まったく空っぽのように見えるのだ。
 ひょっとしたら怪人物は外出したのかもしれない。だが二人連れのはずはない。少なくとも一人だけは、女の方だけは、ここに居残っているはずだ。いや、とじこめられているはずだ。

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