網の中
トンネルのつきあたりには、せまい石の階段があって、それをのぼると、地上へ出られるようになっていました。
階段をのぼりきったところに、うすい石のふたがあります。それを上におしあげると、ちょうどマンホールぐらいの穴があいて、そこから地上に出られるのです。
その出口は上山さんの庭の中ではありません。上山さんのやしきのそとの原っぱなのです。その原っぱのすみに、ひくい木がしげっていて、防空壕の石のふたは、そのしげみの中の草むらに、かくれているのです。
シャツ一枚の四十面相は、石のふたをおしあげて、しげみの中にはいだしました。夜のことですから、あたりはまっ暗です。四十面相は、むろん懐中電灯を消していました。光が見えて、だれかに気づかれては、たいへんだからです。
石のふたを、もとのとおりにしめて、立ちあがろうとしました。すると、ふといクモの巣のようなものが、顔の上にかぶさってきました。
そのクモの巣は、いくらひっぱっても切れません。へんだなと思って手さぐりをしてみました。
それは、クモの巣ではなくて、じょうぶなひもでできた網のようなものでした。手でたぐってみると、その網は、どこまでもつづいているのです。
おもいきって、ぐっと立ちあがってみました。そして、二、三歩あるいたかとおもうと、網に足をとられて、そこへ、ころがってしまいました。
立ちあがろうとすると、網が四方からからんできて、手も足も、自由がきかなくなり、もがけばもがくほど、からみついてきて、どうすることもできません。
「ワハハハハ……、四十面相君。きみは、もう網にかかったさかなだよ。きみのほうにおくの手があれば、こちらにも、そのもうひとつ上のおくの手がある。どうだね、わかったかね。」
こんどは、べつの人が笑うばんでした。四十面相は、その声に、ギョッとして、闇の中をみつめました。
すると、五メートルほどむこうの、まっ暗な空中が、ボーッと明るくなり、夜光人間の銀色の首が、あらわれてきたではありませんか。まっ赤に光る大きな目、ほのおをはくかと見える恐ろしい口。
「アッ、きさま、明智だなッ。」
四十面相が、くやしそうに叫びました。
「そうだよ。警官諸君に、きみを追いだしてもらって、ぼくは、ここへ、先まわりしていたのさ。この古い防空壕を発見したのは、きみばかりじゃない。ぼくのほうでも、ちゃんと気づいていたんだよ。防空壕が一方口というはずはない。古井戸とはべつの出口が、どこかにあるだろうと、少年探偵団のチンピラ隊の諸君に、さがしてもらったのさ。チンピラ隊は、そういうことが、だいとくいだからね。たちまち、さがしだしてしまった。
ホラ、みたまえ、きみにかぶせた網を、八方からおさえているのは、八人のチンピラ隊の子どもたちだよ。」
明智探偵の黒シャツの手が、懐中電灯をパッとつけて、地上にふせてある大きな網の八方を、つぎつぎと照らしてみせました。
網のはしばしに、十一、二歳から十四、五歳の、きたない服をきた少年たちが、とりすがっていました。大きな目をむいて、いばっている子ども、鼻をヒクヒクさせて、大きな口をあいて笑っている子ども、チンピラ隊には、ちゃめすけがおおいのです。みんな、海岸で大漁の地引き網でもひいているような気持ちでいます。その網にかかったのは、大ものも大もの、怪人四十面相なのですからね。
「ちくしょう、やりゃあがったなッ。」
四十面相は、おそろしい顔で、チンピラたちをにらみつけ、網をやぶろうと、めちゃくちゃに、もがきまわりました。しかし、じょうぶな網は、いっそう、からだに巻きついてくるばかりで、なかなか切れるものではありません。
「ワハハハ……、さすがの怪人も、もう運のつきだね。もういちど防空壕にもどろうとしても、そこには五人の警官が待ちかまえている。
また、こちらには、八人のチンピラ隊とぼくのほかに、上山さん、小林君、ポケット小僧、それから上山さんの書生さんがふたりいる。きみが、いくら強くても、とても逃げるみこみはなさそうだね。」
夜光怪人に化けた明智探偵が、そういって懐中電灯を、べつの方角にふりむけました。そして、まだどろまみれの上山さん、小林少年、ポケット小僧などを、つぎつぎと照らしだしてみせるのでした。
そのとき、へんなことがおこりました。さっき四十面相が出てきた穴の石のふたが、グーッともちあがって、その下から、ニューッと、警官の帽子をかぶった顔があらわれたのです。
五人の警官たちが、鉄格子を上にあげるしかけのボタンを発見して、四十面相のあとを追ってきたのです。
石のふたのとれた穴から、つぎつぎと警官があらわれ、すぐ目のまえに四十面相がいるのを見ると、いきなり、とびかかっていって、大格闘になりました。警官たちも、網をかぶったままの格闘です。
ひとりに五人ですから、四十面相でも、かなうはずがありません。それに網をかぶせられているのですから、逃げだすことは、ぜったいにできません。とうとう手錠をはめられてしまいました。
四十面相がつかまったことがわかると、網にとりついていた八人のチンピラ隊は、「よいしょ、よいしょ。」とかけ声をかけて、網をめくってしまいましたので、警官たちは、やっと自由の身になることができました。
手錠をはめられた四十面相をまんなかに、五人の警官がそのまわりをとりかこんで、上山さんの門の前にいる警察自動車のほうへ、ひったてていくのでした。
どろまみれの小林少年とポケット小僧は、それを見送っていましたが、ポケット小僧はもう、うれしくてたまりません。どろだらけの顔で、いきなり叫びました。
「明智先生ばんざーい! 小林団長ばんざーい! 少年探偵団とチンピラ隊ばんざーい!」
すると、八人のチンピラ隊も、それにあわせて、うれしそうに「ばんざい、ばんざい。」を、くりかえすのでした。