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薤露行:五 舟(3)

时间: 2021-01-21    进入日语论坛
核心提示: 花に戯むるる蝶(ちょう)のひるがえるを見れば、春に憂(うれい)ありとは天下を挙げて知らぬ。去れど冷やかに日落ちて、月さえ闇
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 花に戯むるる(ちょう)のひるがえるを見れば、春に(うれい)ありとは天下を挙げて知らぬ。去れど冷やかに日落ちて、月さえ(やみ)に隠るる(よい)を思え。――ふる露のしげきを思え。――薄き翼のいかばかり薄きかを思え。――広き野の草の陰に、琴の(つめ)ほど(ちいさ)きものの潜むを思え。――畳む羽に置く露の重きに過ぎて、夢さえ苦しかるべし。果知らぬ原の底に、あるに甲斐(かい)なき身を縮めて、誘う風にも砕くる危うきを恐るるは(さび)しかろう。エレーンは長くは持たぬ。
 エレーンは盾を眺めている。ランスロットの預けた盾を眺め暮している。その盾には丈高き女の前に、一人の騎士が(ひざま)ずいて、愛と信とを誓える模様が描かれている。騎士の鎧は銀、女の衣は炎の色に燃えて、()は黒に近き紺を敷く。赤き女のギニヴィアなりとは憐れなるエレーンの夢にだも知る由がない。
 エレーンは盾の女を己れと見立てて、跪まずけるをランスロットと思う折さえある。かくあれと念ずる思いの、いつか心の(うち)を抜け出でて、かくの通りと盾の表にあらわれるのであろう。かくありて後と、あらぬ(いしずえ)を一度び築ける上には、そら事を重ねて、そのそら事の未来さえも想像せねばやまぬ。
 重ね上げたる空想は、また崩れる。児戯に積む小石の塔を()(かえ)す時の如くに崩れる。崩れたるあとのわれに帰りて見れば、ランスロットはあらぬ。気を狂いてカメロットの遠きに走れる人の、わが(そば)にあるべき所謂(いわれ)はなし。離るるとも、(ちかい)さえ(かわ)らずば、千里を繋ぐ()(つな)もあろう。ランスロットとわれは何を誓える? エレーンの眼には涙が(あふ)れる。
 涙の中にまた思い返す。ランスロットこそ誓わざれ。一人誓えるわれの渝るべくもあらず。二人の中に成り立つをのみ誓とはいわじ。われとわが心にちぎるも誓には()れず。この誓だに破らずばと思い詰める。エレーンの頬の色は()せる。
 死ぬ事の恐しきにあらず、死したる後にランスロットに逢いがたきを恐るる。去れどこの世にての逢いがたきに比ぶれば、未来に逢うのかえって(やす)きかとも思う。罌粟(けし)散るを()しとのみ眺むべからず、散ればこそまた咲く夏もあり。エレーンは食を断った。
 衰えは春野焼く火と小さき胸を()かして、(うれい)は衣に堪えぬ玉骨(ぎょっこつ)寸々(すんずん)に削る。今までは長き命とのみ思えり。よしやいつまでもと(むさぼ)る願はなくとも、死ぬという事は夢にさえ見しためしあらず、(つか)()の春と思いあたれる今日となりて、つらつら世を観ずれば、日に開く(つぼみ)の中にも(うらみ)はあり。(まる)く照る明月のあすをと問わば淋しからん。エレーンは死ぬより外の浮世に用なき人である。

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