シャロットを過ぐる時、いずくともなく悲しき声が、左の岸より古き水の寂寞を破って、動かぬ波の上に響く。「うつせみの世を、……うつつ……に住めば……」絶えたる音はあとを引いて、引きたるはまたしばらくに絶えんとす。聞くものは死せるエレーンと、艫に坐る翁のみ。翁は耳さえ借さぬ。ただ長き櫂をくぐらせてはくぐらする。思うに聾なるべし。
空は打ち返したる綿を厚く敷けるが如く重い。流を挟む左右の柳は、一本ごとに緑りをこめて濛々と烟る。娑婆と冥府の界に立ちて迷える人のあらば、その人の霊を並べたるがこの気色である。画に似たる少女の、舟に乗りて他界へ行くを、立ちならんで送るのでもあろう。
舟はカメロットの水門に横付けに流れて、はたと留まる。白鳥の影は波に沈んで、岸高く峙てる楼閣の黒く水に映るのが物凄い。水門は左右に開けて、石階の上にはアーサーとギニヴィアを前に、城中の男女が悉く集まる。
エレーンの屍は凡ての屍のうちにて最も美しい。涼しき顔を、雲と乱るる黄金の髪に埋めて、笑える如く横わる。肉に付着するあらゆる肉の不浄を拭い去って、霊その物の面影を口鼻の間に示せるは朗かにもまた極めて清い。苦しみも、憂いも、恨みも、憤りも――世に忌わしきものの痕なければ土に帰る人とは見えず。
王は厳かなる声にて「何者ぞ」と問う。櫂の手を休めたる老人は唖の如く口を開かぬ。ギニヴィアはつと石階を下りて、乱るる百合の花の中より、エレーンの右の手に握る文を取り上げて何事と封を切る。
悲しき声はまた水を渡りて、「……うつくしき……恋、色や……うつろう」と細き糸ふって波うたせたる時の如くに人々の耳を貫く。
読み終りたるギニヴィアは、腰をのして舟の中なるエレーンの額――透き徹るエレーンの額に、顫えたる唇をつけつつ「美くしき少女!」という。同時に一滴の熱き涙はエレーンの冷たき頬の上に落つる。
十三人の騎士は目と目を見合せた。