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硝子戸の中(2)

时间: 2021-01-21    进入日语论坛
核心提示:二 電話口へ呼び出されたから受話器を耳へあてがって用事を訊(き)いて見ると、ある雑誌社の男が、私の写真を貰(もら)いたいのだ
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 電話口へ呼び出されたから受話器を耳へあてがって用事を()いて見ると、ある雑誌社の男が、私の写真を(もら)いたいのだが、いつ()りに行って好いか都合を知らしてくれろというのである。私は「写真は少し困ります」と答えた。
 私はこの雑誌とまるで関係をもっていなかった。それでも過去三四年の間にその一二冊を手にした記憶はあった。人の笑っている顔ばかりをたくさん()せるのがその特色だと思ったほかに、今は何にも頭に残っていない。けれどもそこにわざとらしく笑っている顔の多くが私に与えた不快の印象はいまだに消えずにいた。それで私は(こと)わろうとしたのである。
 雑誌の男は、卯年(うどし)の正月号だから卯年の人の顔を並べたいのだという希望を述べた。私は先方のいう通り卯年の生れに相違なかった。それで私はこう云った。――
「あなたの雑誌へ出すために()る写真は笑わなくってはいけないのでしょう」
「いえそんな事はありません」と相手はすぐ答えた。あたかも私が今までその雑誌の特色を誤解していたごとくに。
「当り前の顔で構いませんなら載せていただいても(よろ)しゅうございます」
「いえそれで結構でございますから、どうぞ」
 私は相手と期日の約束をした上、電話を切った。
 中一日(なかいちにち)おいて打ち合せをした時間に、電話をかけた男が、綺麗(きれい)な洋服を着て写真機を(たずさ)えて私の書斎に這入(はい)って来た。私はしばらくその人と彼の従事している雑誌について話をした。それから写真を二枚()って貰った。一枚は机の前に坐っている平生の姿、一枚は寒い庭前(にわさき)(しも)の上に立っている普通の態度であった。書斎は光線がよく(とお)らないので、機械を()えつけてからマグネシアを()した。その火の燃えるすぐ前に、彼は顔を半分ばかり私の方へ出して、「御約束ではございますが、少しどうか笑っていただけますまいか」と云った。私はその時突然(かす)かな滑稽(こっけい)を感じた。しかし同時に馬鹿な事をいう男だという気もした。私は「これで好いでしょう」と云ったなり先方の注文には取り合わなかった。彼が私を庭の木立(こだち)の前に立たして、レンズを私の方へ向けた時もまた前と同じような鄭寧(ていねい)な調子で、「御約束ではございますが、少しどうか……」と同じ言葉を()(かえ)した。私は前よりもなお笑う気になれなかった。
 それから四日ばかり()つと、彼は郵便で私の写真を届けてくれた。しかしその写真はまさしく彼の注文通りに笑っていたのである。その時私は(あて)(はず)れた人のように、しばらく自分の顔を見つめていた。私にはそれがどうしても手を入れて笑っているように(こしら)えたものとしか見えなかったからである。
 私は念のため(うち)へ来る四五人のものにその写真を出して見せた。彼らはみんな私と同様に、どうも作って笑わせたものらしいという鑑定を(くだ)した。
 私は生れてから今日(こんにち)までに、人の前で笑いたくもないのに笑って見せた経験が何度となくある。その(いつわ)りが今この写真師のために復讐(ふくしゅう)を受けたのかも知れない。
 彼は気味のよくない苦笑を()らしている私の写真を送ってくれたけれども、その写真を載せると云った雑誌はついに届けなかった。

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