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草枕 二 (3)

时间: 2021-02-07    进入日语论坛
核心提示: 会話はちょっと途切(とぎ)れる。帳面をあけて先刻(さっき)の鶏を静かに写生していると、落ちついた耳の底へじゃらんじゃらんと
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 会話はちょっと途切(とぎ)れる。帳面をあけて先刻(さっき)の鶏を静かに写生していると、落ちついた耳の底へじゃらんじゃらんと云う馬の鈴が(きこ)え出した。この声がおのずと、拍子(ひょうし)をとって頭の中に一種の調子が出来る。眠りながら、夢に隣りの臼の音に誘われるような心持ちである。余は鶏の写生をやめて、同じページの(はじ)に、

春風や惟然(いねん)が耳に馬の鈴

と書いて見た。山を登ってから、馬には五六匹逢った。逢った五六匹は皆腹掛をかけて、鈴を鳴らしている。今の世の馬とは思われない。
 やがて長閑(のどか)馬子唄(まごうた)が、春に()けた空山一路(くうざんいちろ)の夢を破る。憐れの底に気楽な響がこもって、どう考えても()にかいた声だ。

馬子唄(まごうた)鈴鹿(すずか)越ゆるや春の雨

と、今度は(はす)に書きつけたが、書いて見て、これは自分の句でないと気がついた。
「また誰ぞ来ました」と婆さんが(なか)(ひと)(ごと)のように云う。
 ただ一条(ひとすじ)の春の路だから、行くも帰るも皆近づきと見える。最前()うた五六匹のじゃらんじゃらんもことごとくこの婆さんの腹の中でまた誰ぞ来たと思われては山を(くだ)り、思われては山を登ったのだろう。路寂寞(じゃくまく)古今(ここん)の春を(つらぬ)いて、花を(いと)えば足を着くるに地なき小村(こむら)に、婆さんは幾年(いくねん)の昔からじゃらん、じゃらんを数え尽くして、今日(こんにち)白頭(はくとう)に至ったのだろう。

馬子(まご)唄や白髪(しらが)も染めで暮るる春

と次のページへ(したた)めたが、これでは自分の感じを云い(おお)せない、もう少し工夫(くふう)のありそうなものだと、鉛筆の先を見詰めながら考えた。何でも白髪という字を入れて、幾代の節と云う句を入れて、馬子唄という題も入れて、春の()も加えて、それを十七字に(まと)めたいと工夫しているうちに、
「はい、今日は」と実物の馬子が店先に(とま)って大きな声をかける。
「おや源さんか。また城下へ行くかい」
「何か買物があるなら頼まれて上げよ」
「そうさ、鍛冶町(かじちょう)を通ったら、娘に霊厳寺(れいがんじ)御札(おふだ)を一枚もらってきておくれなさい」
「はい、貰ってきよ。一枚か。――御秋(おあき)さんは()い所へ片づいて仕合せだ。な、御叔母(おば)さん」
「ありがたい事に今日(こんにち)には困りません。まあ仕合せと云うのだろか」
「仕合せとも、御前。あの那古井(なこい)の嬢さまと比べて御覧」
「本当に御気の毒な。あんな器量を持って。近頃はちっとは具合がいいかい」
「なあに、相変らずさ」
「困るなあ」と婆さんが大きな息をつく。
「困るよう」と源さんが馬の鼻を()でる。
 枝繁(えだしげ)き山桜の葉も花も、深い空から落ちたままなる雨の(かた)まりを、しっぽりと宿していたが、この時わたる風に足をすくわれて、いたたまれずに、()りの住居(すまい)を、さらさらと(ころ)げ落ちる。馬は驚ろいて、長い(たてがみ)上下(うえした)に振る。
「コーラッ」と(しか)りつける源さんの声が、じゃらん、じゃらんと共に余の冥想(めいそう)を破る。
 御婆さんが云う。「源さん、わたしゃ、お嫁入りのときの姿が、まだ眼前(めさき)に散らついている。裾模様(すそもよう)振袖(ふりそで)に、高島田(たかしまだ)で、馬に乗って……」
「そうさ、船ではなかった。馬であった。やはりここで休んで行ったな、御叔母(おば)さん」
「あい、その桜の下で嬢様の馬がとまったとき、桜の花がほろほろと落ちて、せっかくの島田に()が出来ました」

 

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