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草枕 三 (2)

时间: 2021-02-07    进入日语论坛
核心提示: すやすやと寝入る。夢に。 長良(ながら)の乙女(おとめ)が振袖を着て、青馬(あお)に乗って、峠を越すと、いきなり、ささだ男と
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 すやすやと寝入る。夢に。
 長良(ながら)乙女(おとめ)が振袖を着て、青馬(あお)に乗って、峠を越すと、いきなり、ささだ男と、ささべ男が飛び出して両方から引っ張る。女が急にオフェリヤになって、柳の枝へ(のぼ)って、河の中を流れながら、うつくしい声で歌をうたう。救ってやろうと思って、長い竿(さお)を持って、向島(むこうじま)追懸(おっか)けて行く。女は苦しい様子もなく、笑いながら、うたいながら、行末(ゆくえ)も知らず流れを下る。余は竿をかついで、おおいおおいと呼ぶ。
 そこで眼が()めた。(わき)の下から汗が出ている。妙に雅俗混淆(がぞくこんこう)な夢を見たものだと思った。昔し(そう)大慧禅師(だいえぜんじ)と云う人は、悟道の(のち)、何事も意のごとくに出来ん事はないが、ただ夢の中では俗念が出て困ると、長い間これを苦にされたそうだが、なるほどもっともだ。文芸を性命(せいめい)にするものは今少しうつくしい夢を見なければ(はば)()かない。こんな夢では大部分画にも詩にもならんと思いながら、寝返りを打つと、いつの間にか障子(しょうじ)に月がさして、木の枝が二三本(なな)めに影をひたしている。()えるほどの春の()だ。
 気のせいか、誰か小声で歌をうたってるような気がする。夢のなかの歌が、この世へ抜け出したのか、あるいはこの世の声が遠き夢の国へ、うつつながらに(まぎ)れ込んだのかと耳を(そばだ)てる。たしかに誰かうたっている。細くかつ低い声には相違ないが、眠らんとする春の()一縷(いちる)の脈をかすかに()たせつつある。不思議な事に、その調子はとにかく、文句をきくと――枕元でやってるのでないから、文句のわかりようはない。――その聞えぬはずのものが、よく聞える。あきづけば、をばなが上に、おく露の、けぬべくもわは、おもほゆるかもと長良(ながら)乙女(おとめ)の歌を、繰り返し繰り返すように思われる。
 初めのうちは(えん)に近く聞えた声が、しだいしだいに細く遠退(とおの)いて行く。突然とやむものには、突然の感はあるが、(あわ)れはうすい。ふっつりと思い切ったる声をきく人の心には、やはりふっつりと思い切ったる感じが起る。これと云う句切りもなく自然(じねん)(ほそ)りて、いつの間にか消えるべき現象には、われもまた(びょう)を縮め、(ふん)()いて、心細さの細さが細る。死なんとしては、死なんとする病夫(びょうふ)のごとく、消えんとしては、消えんとする灯火(とうか)のごとく、今やむか、やむかとのみ心を乱すこの歌の奥には、天下の春の(うら)みをことごとく(あつ)めたる調べがある。
 今までは(とこ)の中に我慢して聞いていたが、聞く声の遠ざかるに連れて、わが耳は、釣り出さるると知りつつも、その声を追いかけたくなる。細くなればなるほど、耳だけになっても、あとを(した)って飛んで行きたい気がする。もうどう焦慮(あせっ)ても鼓膜(こまく)(こた)えはあるまいと思う一刹那(いっせつな)の前、余はたまらなくなって、われ知らず布団(ふとん)をすり抜けると共にさらりと障子(しょうじ)()けた。途端(とたん)に自分の(ひざ)から下が(なな)めに月の光りを浴びる。寝巻(ねまき)の上にも木の影が揺れながら落ちた。
 障子をあけた時にはそんな事には気がつかなかった。あの声はと、耳の走る見当を見破ると――向うにいた。花ならば海棠(かいどう)かと思わるる幹を()に、よそよそしくも月の光りを忍んで朦朧(もうろう)たる影法師(かげぼうし)がいた。あれかと思う意識さえ、(しか)とは心にうつらぬ間に、黒いものは花の影を踏み(くだ)いて右へ切れた。わがいる部屋つづきの(むね)(かど)が、すらりと動く、(せい)の高い女姿を、すぐに(さえぎ)ってしまう。
 借着(かりぎ)浴衣(ゆかた)一枚で、障子へつらまったまま、しばらく茫然(ぼうぜん)としていたが、やがて我に帰ると、山里の春はなかなか寒いものと悟った。ともかくもと抜け出でた布団の穴に、再び帰参(きさん)して考え出した。(くく)(まくら)のしたから、袂時計(たもとどけい)を出して見ると、一時十分過ぎである。再び枕の下へ押し込んで考え出した。よもや化物(ばけもの)ではあるまい。化物でなければ人間で、人間とすれば女だ。あるいは此家(ここ)の御嬢さんかも知れない。しかし出帰(でがえ)りの御嬢さんとしては夜なかに山つづきの庭へ出るのがちと不穏当(ふおんとう)だ。何にしてもなかなか寝られない。枕の下にある時計までがちくちく口をきく。今まで懐中時計の音の気になった事はないが、今夜に限って、さあ考えろ、さあ考えろと催促するごとく、寝るな寝るなと忠告するごとく口をきく。()しからん。
 (こわ)いものもただ怖いものそのままの姿と見れば詩になる。(すご)い事も、(おの)れを離れて、ただ単独に凄いのだと思えば()になる。失恋が芸術の題目となるのも全くその通りである。失恋の苦しみを忘れて、そのやさしいところやら、同情の宿(やど)るところやら、(うれい)のこもるところやら、一歩進めて云えば失恋の苦しみそのものの(あふ)るるところやらを、単に客観的に眼前(がんぜん)に思い浮べるから文学美術の材料になる。世には有りもせぬ失恋を製造して、(みず)から()いて煩悶(はんもん)して、愉快を(むさ)ぼるものがある。常人(じょうにん)はこれを評して()だと云う、気違だと云う。しかし自から不幸の輪廓を(えが)いて(この)んでその(うち)起臥(きが)するのは、自から烏有(うゆう)の山水を刻画(こくが)して壺中(こちゅう)天地(てんち)に歓喜すると、その芸術的の立脚地(りっきゃくち)を得たる点において全く等しいと云わねばならぬ。この点において世上幾多の芸術家は(日常の人としてはいざ知らず)芸術家として常人よりも愚である、気違である。われわれは草鞋旅行(わらじたび)をする(あいだ)、朝から晩まで苦しい、苦しいと不平を鳴らしつづけているが、人に向って曾遊(そうゆう)を説く時分には、不平らしい様子は少しも見せぬ。面白かった事、愉快であった事は無論、昔の不平をさえ得意に喋々(ちょうちょう)して、したり顔である。これはあえて(みずか)(あざむ)くの、人を(いつ)わるのと云う了見(りょうけん)ではない。旅行をする間は常人の心持ちで、曾遊を語るときはすでに詩人の態度にあるから、こんな矛盾が起る。して見ると四角な世界から常識と名のつく、一角(いっかく)磨滅(まめつ)して、三角のうちに住むのを芸術家と呼んでもよかろう。

 

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