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草枕 四(1)

时间: 2021-02-07    进入日语论坛
核心提示: ぽかんと部屋へ帰ると、なるほど奇麗きれいに掃除がしてある。ちょっと気がかりだから、念のため戸棚をあけて見る。下には小さ
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  ぽかんと部屋へ帰ると、なるほど奇麗きれいに掃除がしてある。ちょっと気がかりだから、念のため戸棚をあけて見る。下には小さな用箪笥ようだんすが見える。上から友禅ゆうぜん扱帯しごきが半分れかかって、いるのは、誰か衣類でも取り出して急いで、出て行ったものと解釈が出来る。扱帯の上部はなまめかしい衣裳いしょうの間にかくれて先は見えない。片側には書物が少々詰めてある。一番上に白隠和尚はくいんおしょう遠良天釜おらてがまと、伊勢物語いせものがたりの一巻が並んでる。昨夕ゆうべのうつつは事実かも知れないと思った。

 何気(なにげ)なく座布団(ざぶとん)の上へ坐ると、唐木(からき)の机の上に例の写生帖が、鉛筆を(はさ)んだまま、大事そうにあけてある。夢中に書き流した句を、朝見たらどんな具合だろうと手に取る。
海棠(かいだう)の露をふるふや物狂(ものぐるひ)」の下にだれだか「海棠の露をふるふや朝烏(あさがらす)」とかいたものがある。鉛筆だから、書体はしかと(わか)らんが、女にしては硬過(かたす)ぎる、男にしては(やわら)か過ぎる。おやとまた吃驚(びっくり)する。次を見ると「花の影、女の影の(おぼろ)かな」の下に「花の影女の影を(かさ)ねけり」とつけてある。「正一位(しやういちゐ)女に化けて朧月(おぼろづき)」の下には「御曹子(おんざうし)女に化けて朧月」とある。真似(まね)をしたつもりか、添削(てんさく)した気か、風流の(まじ)わりか、馬鹿か、馬鹿にしたのか、余は思わず首を(かたむ)けた。
 (のち)ほどと云ったから、今に(めし)の時にでも出て来るかも知れない。出て来たら様子が少しは解るだろう。ときに何時だなと時計を見ると、もう十一時過ぎである。よく寝たものだ。これでは午飯(ひるめし)だけで間に合せる方が胃のためによかろう。
 右側の障子(しょうじ)をあけて、昨夜(ゆうべ)名残(なごり)はどの(へん)かなと眺める。海棠(かいどう)と鑑定したのははたして、海棠であるが、思ったよりも庭は狭い。五六枚の飛石(とびいし)を一面の青苔(あおごけ)が埋めて、素足(すあし)で踏みつけたら、さも心持ちがよさそうだ。左は山つづきの(がけ)に赤松が(なな)めに岩の間から庭の上へさし出している。海棠の(うし)ろにはちょっとした茂みがあって、奥は大竹藪(おおたけやぶ)が十丈の(みど)りを春の日に(さら)している。右手は()(むね)(さえ)ぎられて、見えぬけれども、地勢から察すると、だらだら()りに風呂場の方へ落ちているに相違ない。
 山が尽きて、岡となり、岡が尽きて、幅三丁ほどの平地(へいち)となり、その平地が尽きて、海の底へもぐり込んで、十七里向うへ行ってまた隆然(りゅうぜん)と起き上って、周囲六里の摩耶島(まやじま)となる。これが那古井(なこい)の地勢である。温泉場は岡の(ふもと)を出来るだけ(がけ)へさしかけて、(そば)の景色を半分庭へ囲い込んだ一構(ひとかまえ)であるから、前面は二階でも、後ろは平屋(ひらや)になる。(えん)から足をぶらさげれば、すぐと(かかと)(こけ)に着く。道理こそ昨夕は楷子段(はしごだん)をむやみに(のぼ)ったり、(くだ)ったり、()仕掛(しかけ)(うち)と思ったはずだ。
 今度は左り側の窓をあける。自然と(くぼ)む二畳ばかりの岩のなかに春の水がいつともなく、たまって静かに山桜の影をしている。二株三株(ふたかぶみかぶ)熊笹(くまざさ)が岩の角を(いろ)どる、向うに枸杞(くこ)とも見える生垣(いけがき)があって、外は浜から、岡へ上る岨道(そばみち)か時々人声が聞える。往来の向うはだらだらと南下(みなみさ)がりに蜜柑(みかん)を植えて、谷の(きわ)まる所にまた大きな竹藪が、白く光る。竹の葉が遠くから見ると、白く光るとはこの時初めて知った。藪から上は、松の多い山で、赤い幹の間から石磴(せきとう)が五六段手にとるように見える。大方(おおかた)御寺だろう。
 入口の(ふすま)をあけて(えん)へ出ると、欄干(らんかん)が四角に曲って、方角から云えば海の見ゆべきはずの所に、中庭を(へだ)てて、表二階の一間(ひとま)がある。わが住む部屋も、欄干に()ればやはり同じ高さの二階なのには興が催おされる。湯壺(ゆつぼ)()の下にあるのだから、入湯(にゅうとう)と云う点から云えば、余は三層楼上に起臥(きが)する訳になる。

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