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草枕 四(4)

时间: 2021-02-07    进入日语论坛
核心提示: 茶と聞いて少し辟易(へきえき)した。世間に茶人(ちゃじん)ほどもったいぶった風流人はない。広い詩界をわざとらしく窮屈に縄張
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 茶と聞いて少し辟易(へきえき)した。世間に茶人(ちゃじん)ほどもったいぶった風流人はない。広い詩界をわざとらしく窮屈に縄張(なわば)りをして、(きわ)めて自尊的に、極めてことさらに、極めてせせこましく、必要もないのに鞠躬如(きくきゅうじょ)として、あぶくを飲んで結構がるものはいわゆる茶人である。あんな煩瑣(はんさ)な規則のうちに雅味があるなら、麻布(あざぶ)聯隊(れんたい)のなかは雅味で鼻がつかえるだろう。廻れ右、前への連中はことごとく大茶人でなくてはならぬ。あれは商人とか町人とか、まるで趣味の教育のない連中が、どうするのが風流か見当がつかぬところから、器械的に利休(りきゅう)以後の規則を鵜呑(うの)みにして、これでおおかた風流なんだろう、とかえって真の風流人を馬鹿にするための芸である。
「御茶って、あの流儀のある茶ですかな」
「いいえ、流儀も何もありゃしません。御厭(おいや)なら飲まなくってもいい御茶です」
「そんなら、ついでに飲んでもいいですよ」
「ほほほほ。父は道具を人に見ていただくのが大好きなんですから……」
()めなくっちゃあ、いけませんか」
「年寄りだから、褒めてやれば、嬉しがりますよ」
「へえ、少しなら褒めて置きましょう」
「負けて、たくさん御褒めなさい」
「はははは、時にあなたの言葉は田舎(いなか)じゃない」
「人間は田舎なんですか」
「人間は田舎の方がいいのです」
「それじゃ(はば)()きます」
「しかし東京にいた事がありましょう」
「ええ、いました、京都にもいました。渡りものですから、方々にいました」
「ここと都と、どっちがいいですか」
「同じ事ですわ」
「こう云う静かな所が、かえって気楽でしょう」
「気楽も、気楽でないも、世の中は気の持ちよう一つでどうでもなります。(のみ)の国が(いや)になったって、()の国へ引越(ひっこ)しちゃ、(なん)にもなりません」
「蚤も蚊もいない国へ行ったら、いいでしょう」
「そんな国があるなら、ここへ出して御覧なさい。さあ出してちょうだい」と女は()め寄せる。
「御望みなら、出して上げましょう」と例の写生帖をとって、女が馬へ乗って、山桜を見ている心持ち――無論とっさの筆使いだから、()にはならない。ただ心持ちだけをさらさらと書いて、
「さあ、この中へ御這入(おはい)りなさい。蚤も蚊もいません」と鼻の(さき)へ突きつけた。驚くか、恥ずかしがるか、この様子では、よもや、苦しがる事はなかろうと思って、ちょっと景色(けしき)(うかが)うと、
「まあ、窮屈(きゅうくつ)な世界だこと、横幅(よこはば)ばかりじゃありませんか。そんな所が御好きなの、まるで(かに)ね」と云って退()けた。余は
「わはははは」と笑う。軒端(のきば)に近く、()きかけた(うぐいす)が、中途で声を(くず)して、遠き(かた)へ枝移りをやる。両人(ふたり)はわざと対話をやめて、しばらく耳を(そばだ)てたが、いったん鳴き(そこ)ねた咽喉(のど)は容易に()けぬ。
昨日(きのう)は山で源兵衛に御逢(おあ)いでしたろう」
「ええ」
長良(ながら)乙女(おとめ)五輪塔(ごりんのとう)を見ていらしったか」
「ええ」
「あきづけば、をばなが上に置く露の、けぬべくもわは、おもほゆるかも」と説明もなく、女はすらりと節もつけずに歌だけ述べた。何のためか知らぬ。
「その歌はね、茶店で聞きましたよ」
「婆さんが教えましたか。あれはもと私のうちへ奉公したもので、私がまだ嫁に……」と云いかけて、これはと()の顔を見たから、余は知らぬ(ふう)をしていた。
「私がまだ若い時分でしたが、あれが来るたびに長良の話をして聞かせてやりました。うただけはなかなか覚えなかったのですが、何遍も()くうちに、とうとう何もかも諳誦(あんしょう)してしまいました」
「どうれで、むずかしい事を知ってると思った。――しかしあの歌は(あわ)れな歌ですね」
「憐れでしょうか。私ならあんな歌は()みませんね。第一、淵川(ふちかわ)へ身を投げるなんて、つまらないじゃありませんか」
「なるほどつまらないですね。あなたならどうしますか」
「どうするって、訳ないじゃありませんか。ささだ男もささべ男も、男妾(おとこめかけ)にするばかりですわ」
「両方ともですか」
「ええ」
「えらいな」
「えらかあない、当り前ですわ」
「なるほどそれじゃ蚊の国へも、蚤の国へも、飛び込まずに済む訳だ」
「蟹のような思いをしなくっても、生きていられるでしょう」
 ほーう、ほけきょうと忘れかけた(うぐいす)が、いつ(いきおい)を盛り返してか、時ならぬ高音(たかね)を不意に張った。一度立て直すと、あとは自然に出ると見える。身を(さかし)まにして、ふくらむ咽喉(のど)の底を(ふる)わして、小さき口の張り裂くるばかりに、
 ほーう、ほけきょーう。ほーー、ほけっーきょうーと、つづけ(さま)(さえ)ずる。
「あれが本当の歌です」と女が余に教えた。

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