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草枕 十三(2)

时间: 2021-03-09    进入日语论坛
核心提示: 日本橋(にほんばし)を通る人の数は、一分(ぷん)に何百か知らぬ。もし橋畔(きょうはん)に立って、行く人の心に蟠(わだか)まる葛
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 日本橋(にほんばし)を通る人の数は、一(ぷん)に何百か知らぬ。もし橋畔(きょうはん)に立って、行く人の心に(わだか)まる葛藤(かっとう)を一々に聞き得たならば、浮世(うきよ)目眩(めまぐる)しくて生きづらかろう。ただ知らぬ人で逢い、知らぬ人でわかれるから結句(けっく)日本橋に立って、電車の旗を振る志願者も出て来る。太公望が、久一さんの泣きそうな顔に、何らの説明をも求めなかったのは(さいわい)である。(かえ)り見ると、安心して浮標(うき)を見詰めている。おおかた日露戦争(にちろせんそう)が済むまで見詰める気だろう。
 川幅(かわはば)はあまり広くない。底は浅い。流れはゆるやかである。(ふなばた)()って、水の上を(すべ)って、どこまで行くか、春が尽きて、人が騒いで、()ち合せをしたがるところまで行かねばやまぬ。(なまぐさ)き一点の血を眉間(みけん)(いん)したるこの青年は、余ら一行を容赦(ようしゃ)なく引いて行く。運命の(なわ)はこの青年を遠き、暗き、物凄(ものすご)き北の国まで引くが(ゆえ)に、ある日、ある月、ある年の因果(いんが)に、この青年と(から)みつけられたる(われ)らは、その因果の尽くるところまでこの青年に引かれて行かねばならぬ。因果の尽くるとき、彼と吾らの間にふっと音がして、彼一人は否応(いやおう)なしに運命の手元(てもと)まで手繰(たぐ)り寄せらるる。残る吾らも否応(いやおう)なしに残らねばならぬ。頼んでも、もがいても、引いていて貰う訳には行かぬ。
 舟は面白いほどやすらかに流れる。左右の岸には土筆(つくし)でも生えておりそうな。土堤(どて)の上には柳が多く見える。まばらに、低い家がその間から藁屋根(わらやね)を出し。(すす)けた窓を出し。時によると白い家鴨(あひる)を出す。家鴨はがあがあと鳴いて川の中まで出て来る。
 柳と柳の間に(てきれき)と光るのは白桃(しろもも)らしい。とんかたんと(はた)を織る音が聞える。とんかたんの絶間(たえま)から女の(うた)が、はああい、いようう――と水の上まで響く。何を唄うのやらいっこう分らぬ。
「先生、わたくしの()をかいて下さいな」と那美さんが注文する。久一さんは兄さんと、しきりに軍隊の話をしている。老人はいつか居眠りをはじめた。
「書いてあげましょう」と写生帖を取り出して、

春風にそら()繻子(しゅす)の銘は何

と書いて見せる。女は笑いながら、
「こんな一筆(ひとふで)がきでは、いけません。もっと私の気象(きしょう)の出るように、丁寧にかいて下さい」

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